Runaway Love
 部屋に入り、バッグを床に置くと、中から野口くんから借りた本を二冊取り出した。
 さっきまで読んでいたものと、その続き。

 ――たぶん、少しは気が紛れると思います。

 少しだけ気まずそうに、野口くんが言ったので、借りる事にした。
 読み終えたら、また、次を貸してくれるとの事で、しばらくは大丈夫かもしれない。
 あたしは、割と、入り込んだら時間を忘れるタイプなので、痛みで眠れない時はありがたいと思う。
 ひとまず、お風呂の準備をして、朝、出しっぱなしにしていた服だのを片付けた。
 すると、テーブルの上に置いたままのスマホが振動し、あたしは一瞬跳ね上がってしまう。
 バクバクと心臓が鳴る理由は――考えない。
 そおっと持ち上げると、画面を見て、唇を噛んだ。


 ――”岡 将太”。 


 ――昨日は、すみませんでした。

 ――また、会えますか?


 あたしは、すぐにメッセージ画面を消す。

 ――……ごめん……今は、何も考えたくないの。

 あたしにとって、アンタは、たぶん、今まで見てきた男とは、少し違う――特別なヤツなのかもしれない。
 奈津美と一緒にいても、平然としている男なんて、初めてだったから。
 ――奈津美よりも、あたしが良いなんて男は――。
 だからこそ、これ以上は踏み込まれたくなかった。

 ――もしかしたら、いずれ、気がつくかもしれない。

 あたしを好きなんて、気の迷いだったって。

 そして、それに気がついた時――もし、あたしの方が好きになってしまっていたら……。

 そう思うと、怖かった。

 あたしは、スマホをテーブルに置く。
 自然と、苦笑いが浮かんだ。

 ――……いつまで引きずってるのやら。

 そうならない為に、恋愛から逃げてきたはずなのに。
 一生一人で生きていこうと、決めたはずなのに――。



 ――昨日は、ゴメンね。つい、奈津美ちゃんと、話が弾んじゃってさ。

 朝一番に来たあたしを追いかけるように、先輩は図書室にやって来た。
 今日は当番ではない。
 けれど、あたしは、自分で借りたい本があったから、来ただけだ。
 それなのに、先輩は、待ち伏せをしていたのだ。

 ――あのさ、今度、キミと、奈津美ちゃんと、一緒にどこか遊びにいかない?

 一瞬、心臓が跳ね上がったが、すぐに静まる。
 ――奈津美が目当てなのは、わかりきっているから。

 ――すみません。都合がつかないので――。

 視線を落としたあたしに、先輩は続ける。

 ――ああ、じゃあ、奈津美ちゃんだけでもどうかな?

 あまりにも、あからさまで、逆に笑ってしまいそうになった。

 ――どう?キミから言ってくれない?

 ――すみません。

 あまりに頑なな返事に、先輩は、あきれたように続けた。

 ――じゃあ、奈津美ちゃんの連絡先だけ教えてよ。それくらい、良いでしょ。

 あたしは、口元を上げる。
 ――ああ、いつだって、そうだ。

 ――奈津美は中学生です。まだ、そういった付き合いはさせていません。

 みんな、あたしの向こう側にいる、あの()を見ている。
 ――誰も、あたしなんて、興味は無いんだ。

 ――そっか、残念。

 その場は、それで引き下がってくれた。

 けれど――……。


 痛みのせいで、嫌な記憶がよみがえってきて、思い切り首を振る。

 ――……もう、いい。終わった事。

 忘れていられたくらい――昔の事だ。


 あたしは、ベッドに入り、無理矢理目を閉じた。
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