Runaway Love
 野口くんを見送り、あたしはドアを閉める。
 そして、一気に襲ってきた羞恥心に、へたり込んでしまった。

 ――……あたし、何で……あんなキス……。

 自分から、あんなに、激しく交わしたのは初めてだ。

 岡くんの時も、早川の時も――自分の意思は、無いと同じだったんだから。


 ――……まさか、あたし……本当に、野口くんの事、好きに……?


 そう思った瞬間、首を激しく振った。

 ――……違う。
 仮に、違わないとしても……受け入れられない。

 ――受け入れたくない。

 その気持ちを認めた時点で――……失う怖さが付きまとうんだから。


 ――面白くない。つまらない。可愛くもないし、愛想も無い。


 散々言われ続けた言葉。

 いずれ、野口くんも、そう思う時が来るんだろう。

 ――……岡くんも、早川も――……。

 熱を持った言葉は――いずれは、冷めていく。

 その時に、あたしが耐えられるかは、もう、自信が無かった。


 翌日、土曜日。
 朝から、週末のルーティン――掃除や大物の洗濯などをこなすと、もう、お昼過ぎ。
 あたしは、少し考え、実家に行く事にした。

 ――ずっと、様子を見に行かなかったからなぁ……。

 あんまりにも放置していると、母さんが拗ねかねない。
 何だかんだ言って、三年も実家に帰っていなかったのだから、ここで機嫌を取っておいた方が良いかも。
 簡単にお昼を終えると、スマホにメッセージが来ていたので、確認すると、野口くんだった。

 ――予定、空いてますか?

 あたしは、少し考え、電話をかける。
 説明するのに、文を考える方が面倒だ。

『茉奈さん?』

 三コールで出た野口くんの声は、明るかった。
 何かを期待させてしまったのなら、申し訳ないのだが。

「あ、あのね、実家の母親が捻挫したって言ってたでしょ。ずっと、放ったらかしだったから、泊まりで様子見に行こうかと思って……」

 伺うように言うと、野口くんは、少しだけ拗ねたような口調で言った。
『――そうですか、仕方ないですね。ご実家の方、心配でしょうし』
「ご、ごめんなさいね」
『いえ、気にしないでください』
 淡々と返す野口くんの表情が見えないのが、少しだけ不安になってしまう。
「――本当、ごめんなさい」
『そんなに謝らないでくださいよ。――振られてるみたいに聞こえるんで』
「え、そ、そういう訳じゃ……」
 慌てて否定しようとすると、クスリ、と、笑い声が耳元に届く。
『あせらないでください。――オレ、車出しましょうか?』
 いつもの口調の彼に、内心、ホッとしてしまった。
「――ううん、大丈夫。ありがと。……また、月曜日ね」
『ハイ』
 通話を終えて、スマホをテーブルに置く。
 野口くんの状態が気にはなるが、母親も放ってはおけないのだ。

 ――来週は、一日くらい、一緒に過ごした方が良いのかしら……。

 いまだに、正式な付き合い方がわからず、悩んでしまうが――たぶん、あたし達のやりやすいようにすれば良いんだろう。
 そう、自然に思えた。
 ――初心者から一歩進んだように感じて、何だか、気分は上がった。
 あたしは、少しだけ機嫌よく、棚にしまっていた旅行用の少し大きめのバッグを出して、簡単に泊まる準備をする。
 一、二泊くらいなら、これ一つで大丈夫なものなので、いつも使っているのだ。
 そして、いつものタクシー会社に電話をかけ、すぐに一台到着すると、あたしは、実家の住所を告げた。
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