Runaway Love
「じゃあ、気をつけて」

「ええ。――ありがとう。お疲れ様」

 今日は、あたしの意思を尊重してくれて、野口くんはアパートまで車で送ってくれるだけだ。
 ――素直にうなづいてくれるのはありがたいけれど、どこかで罪悪感もまとわりついてしまう。

 付き合うって――難しい。

 あたしが車を降りようとすると、不意に、腕を掴まれた。
「野口くん?」
 けれど、返事の代わりに、手にキスをされた。
「――おやすみなさい、です。茉奈さん」
 少しだけ拗ねたような言い方。
 そうか。お疲れ様、じゃ、仕事の延長か。
 ――言われるまで気づかなかった。
 あたしは、苦笑いでうなづく。
 正式に付き合い初めてから、野口くんは、時々、こうやって拗ねて見せる。
 そんな風に甘えてくれるのは、嫌では無かった。
「――おやすみなさい、駆くん」
 そう言うと、ようやく手を離される。
「何かあったら、いつでも良いんで、連絡ください」
「……ありがと」
 少しだけ不安そうな表情の野口くんに、笑って返す。
 あたしは、車を降りると、自分の部屋まで歩き出した。
 おそらく、部屋に着くまでは、野口くんは車で待ってるんだろう。

 ――優しい彼氏。
 ――彼女(あたし)を大事に想ってくれて、大事にしてくれて。

 他人(ひと)から見れば、何て、理想的な彼氏。

 ――……なのに……。

 どうして、心のどこかで、何かが引っかかっている気がするんだろう――……。


 部屋に入り、明かりをつける。
 一瞬のまぶしさに目を細めるが、すぐに慣れていく。
 あたしは、バッグをラグに無造作に置くと、そのまま横になった。

 ――月曜日のせいか、無性に疲れた気がする。

 ――……いや、疲れたのは、仕事だけのせいじゃない。

 目を閉じると、悲しげな表情の岡くんが浮かぶ。

 ……あたしは、何も間違った事は言ってない。
 だって、本当の事だもの。

 あのコが、あたしにしてきた事で――あたしが望んだ事は、一つも無い。
 それだけ、自分勝手だったって、気づいてくれれば、それで良かった。

 ――……あんな、悲しそうな顔、させるつもりじゃなかった。

 締め付けられる胸を、服の上から握りしめる。

 ――……あたしは――……傷つけたんだろうか。


 自分が傷つく事には敏感なくせに、他人を傷つける事には鈍感。


 そんな自分が、心底、嫌になった。
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