Runaway Love
 玄関で靴を脱ぐと、急に痛みが増した気がして、あたしは眉を寄せた。
 靴箱に手を置き、ゆっくりと座る。
「おい、やっぱり、血ぃ、出てんぞ」
 すると、早川は、しゃがみ込むと、あたしの右足を取った。
「ちょっ……!」
 確かに、ストッキングの上から、既に血がにじみ出ているけれど。

 夕方の足の臭いとか、スカートがまくりあがってるとか――いろいろ、気になる事だらけなんだけど!

 けれど、早川は、そんなあたしを気にも留めず、部屋の中に視線を向けた。
「救急箱みたいなヤツでもあるのか」
「――……ある」
 あたしは、そそくさと、スカートを下げながら、うなづく。
「さすが。どこだ?上がらせてもらうぞ」
「え、ちょっ……」
 制止も間に合わず、早川は部屋の中に入り、さっと見回すと、カラーボックスの中にあった救急箱を持って来た。
 そして、箱を開けると、感心したように言う。
「へえ……ひと通りそろってんのな。尊敬するわ。俺、こんな薬の山、見た事無ぇ」
「何よ、それ。普通なら常備しているようなモンでしょ」
「だって、俺、風邪ひいたコト無ぇから。インフルエンザもかかったコト無ぇ」
 あたしは、目を丸くする。
「……何とかは風邪ひかない、を、地でいくヤツ、初めて見たわ」
「……おい」
 思わず口に出た言葉に、深い意味は無い。
 けれど、早川は眉を寄せて、あたしを見た。
「確かに、お前よりは頭悪ぃかもしれねぇけど。一応、大学までは出てんだよ」
「――あ、そ」
 学歴を言われると、あたしの中の深いところが、ささくれ立つ。

 ――あたしだって。

 そう思ってしまうのだ。

「それより、コレか?消毒薬」
「そうだけど」
 早川は、消毒薬の液体ボトルを持つと、あたしの足を見やる。
「……コレ、ストッキングの上からじゃ、効かねぇよな」
「それ以前の問題よ。やめてよ、傷むでしょうが」
 あたしは、あきれたように言う。
 本当に縁が無いようで、むしろ尊敬だわ。
「今、脱ぐから」
「え」
 そう言うが遅い、あたしは、座ったまま、ストッキングを下ろす。
「バッ……!」
「何。消毒してくれるんでしょ」
「だ、だからって……!」
 早川は、勢いよく立ち上がると、あたしに背を向けた。
「……お前……俺のコト、何だと思ってんだよ……」
「は?」
 ボソリとこぼれた言葉に、あたしは眉を寄せた。
 その間に、脱いだストッキングは、玄関脇に放り投げる。
「ハイ、消毒するなら、さっさとしてよね」
「わ、わかってる!」
 早川は、挙動不審になりながらも、あたしの前に来て、しゃがむと、消毒液をかける。

「いっ……!!」

 ここぞとばかりに、思い切りかけられ、あたしは半泣きだ。
「バ……バカなの⁉普通、そんな大量に出さないわよ!!」
「わ、悪い。こういうの、使うの初めてなんだよ」
「あきれた!そのクセ、やってやる、みたいな口きいたワケ⁉」
「その……心配だったから……悪い……」
 早川は、その大きな体を縮こませ、謝る。
 あたしは、涙目になりながらも、ため息をついた。
「――まあ、いいわ。ありがとう。とりあえず、助かったは助かった」
「……お前……」
 あたしの口の利き方にあきれたのか、早川も同じように、ため息をつく。
 けれど、次には、あたしをそのまま抱き寄せた。
「え、ちょっ……何よ⁉」

「――こっちも、消毒してぇ」

「は?」


 言うが遅い――唇が、ふさがれた。
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