Runaway Love
 よろめきながらも立とうとするあたしを、岡くんは片手で軽々と支える。
「……だ、大丈夫ですか」
「――……誰のせいよ」
「……すみません……。――……止まれなくて……」
 しゅん、と、叱られた仔犬のように、あたしを見つめる彼は、そのまま、肩に顔をうずめてきた。

「……でも……気持ち良かったですよね?」

「――……っ……!!」

 上目遣いに見てくる岡くんに、言葉を失う。

 ――……何で、そんなコト、言わなきゃいけないのよ!

 恥ずかしさに震えるが、彼はニコリと微笑む。

「――可愛い。……ホント、他のヤツに見せたくなかったです」

 すべてお見通しのような言葉に、あたしは顔を背ける。
 隠し事がバレたような罪悪感。

「――もう、やめてよ。……アンタ、一体、どういうつもりよ」

 あたしは、かろうじてそれだけ言うと、岡くんから離れようとするが、ビクともしない。

「……ねえ!」

 反応が無いのにイラつき、あたしは声を荒らげる。
 すると、彼は、少しだけ悲しそうに言った。

「オレは――ずっと、あなたといたいだけです」

「――え」

 岡くんは、顔を上げると、あたしを真っ直ぐに見つめる。


「どんな形だって良いんです。……一生、あなたといられるなら」


 その言葉に、あたしは息をのむ。

 まるで、プロポーズのようなそれに、どう返せばいいのかわからない。
 けれど、そんなあたしの動揺も、彼はお見通しなのだ。

「――いずれ、オレの方が良い、って言わせてみせます」

「……バカ言わないでよ……」

 ようやく解放され、あたしは彼に背を向ける。
 それから、すぐに母さんが来て、本格的に片付けが始まり、内心ホッとした。

 岡くんの言葉は、ずっと、耳の奥に残っていたけれど。


 それから、キリの良いところで休憩に入る。
「じゃあ、お茶でもいれるから、二人で、そっちで待ってなさいな」
 母さんがそう言って、張り切ってキッチンに向かったので、あたしは慌てて止めた。
「ちょっと、あたしがやるわよ」
「いいから、いいから。リハビリだよ」
 あたしは、キッチンから追いやられてしまい、渋々リビングに入った。
 既に、岡くんは、ソファに座っている。
「――……あ、あの……茉奈さん……」
「何」
 ぶっきらぼうに返してしまうのは、許してほしい。
「……怒って、ます、よね……」
 あたしは、その問いかけに、彼を反射的ににらみ付けてしまう。
「当然じゃない。逆に、何で怒ってないと思うのよ」
「……すみません……」
「大体ね、アンタは、いつもいつも、スイッチ入るのが急すぎるのよ!こっちの身にもなりなさい!」
 それだけ言うと、ソファに座り、あたしは視線をそらす。

 ――けれど、それから逃げないあたしもあたしだ。

 ――……本当に、刷り込まれてしまったのか。

 ……与えられる感情も、温もりも――快楽も、すべて、彼が初めてで。

 たとえ、覚えていなくても、無意識に求めてしまう。

「――……すみません……」
 再び謝る岡くんは、見えないしっぽが垂れ下がっているよう。
 あざといくらいの可愛さに、一瞬、言葉を失いそうになる。
 それを、ごまかすように、あたしは言った。

「――……謝るくらいなら、最初からしないでよ……バカ……」

 すると、岡くんは、あたしをまじまじと見つめる。
 その視線に気づき、居心地の悪さを感じてしまう。
「な、何」
「――……いえ。……何か、茉奈さんが言うバカって、可愛いな、って」
「バッ……!!」
 あまりにストレートな返しに、今度こそ、あたしは言葉を失った。
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