Runaway Love
 ひとまず、迎えに来てもらう時間と場所を送ると、了承の返事が来てホッとする。
 今日は、野口くんも実家に帰るそうなので、お互いに連絡し合う時間も無いだろう。
 あたしは、荷物をバッグに詰め終えると、いつものタクシー会社に電話をする。
 けれど、お盆のこの時期、まあまあ出払っていて、今、空いている車が無いのだという。
 仕方ないので、あきらめてバスに乗ろうと、時刻表をチェックするが、タイミング悪く、次に実家方面に向かうバスは、一時間後だ。

 ――……予約、入れておけば良かった……。

 あたしは、母さんに電話をかけて、事情を話した。
『アンタって、ホント、どこか抜けてるんだから……』
「……うるさいわね。仕方ないから、バスに乗る事にするわよ」
 今からだと、二時間後位に到着となるはずだ。
『ああ、じゃあ、照行くんに迎えに行ってもらおうかね』
「え、い、いいわよ!」
 慌てて断るが、母さんは気にも留めない。
『どうせ、奈津美も一緒なんだし』
「え、何、まだそっち行ってないの?」
『朝イチで、照行くんの実家に寄ってから来るって言ってたからね』
「そ、そうなの」
『奈津美の方に、連絡入れておくからさ、待ってなさいな』
 そう言って、母さんは一方的に電話を切った。
 あたしは、ふう、と、息を吐くと、スマホをテーブルに置く。

 ――……今、奈津美と顔合わせるのは、最低限にしたかった。

 きっと、あのコは、何でもないような顔をして、あたしがイラつくような事をするのだろうから。

 あたしは、もう一度ため息をつくと、本棚から芦屋先生の昔の本を取り出した。
 せめて、今のうちに、精神を安定させておきたい。
 読書は、あたしにとっては、現実逃避の手段でもあるのだ。
 昔から、奈津美の事で怒ったり、泣きたくなったりすると、よく、本に逃げていた。
 その間だけでも――負の感情から解放されるから。

 取り出して読み始めたのは、野口くんと打ち解けるきっかけになった、”不幸(アンラッキー)の定義”という本。
 女たらしで不幸体質の、主人公の探偵が、様々な事件を解決していくライトミステリ。
 結局、シリーズを通して、彼の恋が実る事は無かったけれど、そばにいた助手の彼女だけは、彼を見捨てずについてきていて――それを愛情だと気づくまでの話。

 ――結局、今まで不幸だと思っていた事は、すべて、キミとこうなるための布石だったんだよ。

 オレにとって、不幸とは、幸運と同義なんだな。

 最後に、そう言って笑った主人公は――ある事件を解決するために、助手を置いて去って行くのだ。

 シリーズは、そこで終了。
 ファンの間では、未完と捉えられている。


 ――……あたしにとって、今のこの状況は、幸か不幸か。


 ぼんやりと、ページをめくりながら、そんな事を考えた。 
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