Runaway Love

50

 翌朝、あたしは荷物をまとめると、早々と実家を後にした。
 ――昨日の今日で、奈津美と顔を合わせるのも気まずいし、何より、一人になりたかった。
「茉奈、何かお中元持って行くかい?」
「いいわよ、荷物になるし」
「そう言わずに。お菓子くらいならいいでしょうが」
 母さんは、あたしの意見を完全に無視し、ビニール袋に、もらったゼリーの詰め合わせの中身をいくつか入れた。
「ホラ。これくらい、持って帰りなさいよ」
「……重いんだけど……」
「ガマンしなさいな」
 あたしは、押し付けられた袋を受け取り、渋々うなづくと、家を出てバス停へと歩き出した。
 お盆休みで、まあまあの混雑具合のバスに揺られる。
 そして、見慣れたバス停にたどり着くと、あたしは、大きく息を吐いた。
 バスに酔った訳ではないけれど、いつも以上の人の多さに、人酔いしたのかもしれない。
 ゆっくりと歩き出し、両手に持ったバッグとゼリーの袋の重みに少々げんなりしながら、アパートにたどり着く。

「おう、お帰り」

「――……は、早川?」

 すると、門の前に、モデルの撮影のような立ち姿で、早川がスマホを眺めながら立っていた。
 あたしに気がつき、手を上げて近づいてきたので、思わず周囲を見回してしまった。
「ちょっ……何でっ……!」
「言っただろ、土産、渡しに来るって」
「ホントに来た訳⁉」
 早川は、目を剥いて驚くあたしを、笑って見やる。
「すげえカオ」
「放っておきなさいよ!」
「まあまあ、ホラよ」
 そんなあたしにお構いなしに、持っていた紙袋を差し出した。
「……あ、ありがと……。けど、いつから待ってたのよ」
 勢いに負けて、それを受け取ると、あたしは、そう尋ねた。
「マンションに戻って来るついでに、朝、部屋来てみたけど、いなかったからよ。さっき来て、ちょっと待って来なかったら、帰ろうかと思ってただけだ」
「それ、ストーカーになってないでしょうね⁉」
「土産渡しに来ただけだって」
 早川は、眉を寄せるあたしをのぞき込むと、続けた。
「けど、まあ、今日空いてるか?」
「――……ゆっくりしたいんだけど……」
 不本意ながら、野口くんとの約束は、キャンセルになってしまったのだ。
 今のうちに、岡くんにつけられたキスマークを、消してしまいたいのに。
 思わず視線が落ちてしまったのに気がつき、ごまかすように顔を上げる。
 すると、あたしを、じっと見つめている早川と目が合った。
「……何」
「いや――昨日のヤツ、大丈夫かと思ってよ」
「――……大丈夫……」
 あたしは、再び視線を下げる。
 全然、大丈夫じゃないんだけれど、それは、コイツには関係無い事。
 だが、早川は、あたしの手を引いてアパートの階段を上がっていく。
「ち、ちょっと、何よ⁉」
「――ダメだな。大丈夫な表情(カオ)してねぇぞ」
 そう言って、部屋の前まで来ると、鍵を開けろと目で催促してきた。
「……いい加減にして」
「誰かに見られるってか?今さらだろ」
「開き直らないで」
 あたしは、早川を無視して、部屋の鍵を開けて中に入る。
 入ろうとしてくる早川を締め出したかったが、それをすれば、更に通報事案になりかねないので、あきらめて入れる事にした。
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