Runaway Love
「――ごちそうさま。……とってもおいしかった」

「お粗末様でした!」

 ニッコリ返され、あたしはバツが悪くなる。
「……あ、洗い物は後でやるから……」
「いいですよ、オレやります」
「え、だって、作ってもらったんだから……」
 すると、岡くんは、笑顔のまま言った。
「やっぱり、茉奈さんだなぁ」
「……は?」
「そういう、真面目なトコ、変わってないですよね」
 あたしは、少しだけ視線をそらす。
「……茉奈さん?」
 ――何で、そんなにすぐに反応するんだ。このコは。
 そして、何か悪い事したのか、っていう表情(かお)を見せてくる。
「……気にしないで」
「気になりますよ」
 真っ直ぐに見つめてくる彼の視線から逃れられない。
 あたしは、視線を落として言った。
「――……真面目って、あたしには、ほめ言葉じゃないから」
「……え」
 岡くんは、あたしの頬を両手で包むと、自分の方へ向けた。
「ちょっ……」
「でも、オレ、素敵だと思ってますから!」
「……っ……!」
 こちらが恥ずかしくなるほどのストレートな言葉に、行き場を無くす。
 ホント、何で……あたしなんかに、そういう事、言ってくれるんだろうね、アンタは。
 岡くんは、黙り込んだあたしを、ジッと見つめたままだ。
「……ごめん。……岡くんは、関係無いのに……」
「嫌ですよ」
「え?」
「関係させてくださいよ。……オレ、こんなんですけど、ちゃんと受け止める自信はあります」
 一瞬、揺らいだ心は、すぐに縛り付けた。

 ――ダメだ。これ以上は、弱さを見せるな。

 優しい言葉は――傷になるから。

 あたしは、無理矢理笑顔を作る。

「大丈夫。……本当に、あたしの問題だから。――今日は、ごちそうさま」

「茉奈さん――」

 暗に、帰れ、と言っているのが、理解できない頭ではないはずだ。
 岡くんは、一瞬止まったけれど、気まずそうにうなづくと、頭を下げた。
「……じゃあ……おやすみなさい」
「……おやすみなさい」
 そして、そのまま玄関を出ると、そっと、ドアを閉める。
 バタン、という音だけが、部屋の中に残っていた。


 その後、居座り続ける罪悪感をどうにかやり過ごし、洗い物を終わらせると、あたしは、ベッドに横たわった。

 ――何だか、次から次へといろんな事が急に起こって、頭がついていかない。

 ……岡くんも、早川も――何で、あたしなんか、好きとか言うんだろう。
 ――……でも、いずれは、気づくよね。
 ――そんなの、気のせいだって。
 ……あたしには、そんな価値無いって――……。

 結局、あたしは、奈津美みたいには、なれないんだから。

 そこまで考えて、ため息をつく。
 そして、ゆるゆると起き上がると、気力を振り絞りメイクを落として歯磨きをした。
 お風呂は明日の朝、シャワーを浴びれば良い。
 あたしは、ベッドに倒れこみ、適当に布団をかけた。

 ――もう、自由になりたい。

 ――……こんな……恋愛なんかで、悩みたくないのに。

 ――……あたしは、今までどおり――奈津美の影のように、生きていけば良いんだから……。
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