Runaway Love
「……茉奈さん、オレ、見送り行きます」
「――やめてよね」
「でも」
「……今生の別れでも無いでしょうが」
「え」
 あたしは、岡くんの腕を力任せにほどき、顔を上げた。
 真っ直ぐにあたしを見つめる彼に、そのまま視線を返す。
 しばらく無言で見つめ合った形になり、あたしは、気まずくなって口を開いた。
「――……別に……会いたきゃ、会えるでしょ」
「――……え」
「大体、一か月だけよ、出向は。ずっと、向こうにいる訳じゃないんだし」
「え、で、でも……」
 戸惑う岡くんの顔を、あたしは、両手で持ち上げる。

「――野口くんは、ちゃんと待っててくれるって言ったわよ?」

「――……っ……!!」

 ここで、彼の名を出すのは反則だろう。
 けれど――こんな切羽詰まったような表情をされたら、困るのだ。

 ――……行きたくなくなってしまうじゃない……。

「……茉奈さん、意地悪言わないでください」
「悪かったわね」
 拗ねたように言うと、岡くんは、あたしの両手を自分のそれで包み込んだ。
「……わかりました。……良いコで待ってます」
 言いながら、目を伏せ、あたしの手に頬を寄せる。
 いつもの、何か企んでいるような表情ではない。
 切なそうに眉を寄せて、目を開けると、あたしを真っ直ぐに見つめる。

「――……落ち着いたら、電話、しても良いですか」

「……まあ……それくらいなら……。出られるかはわからないけど」
 あたしがうなづくと、彼はニッコリと笑い、包んでいた手にキスをする。
「ちょっ……!」
「じゃあ、メッセージ見てくださいね」
「……だから、保証できないってば」
「返事来るまで送りますよ?」
「ストーカー被害で証拠になるわね」
「ちょっ……ま、茉奈さん⁉」
 本気で怯える岡くんに、思わず吹き出してしまう。
「ま……」
「バカね。冗談に決まってるでしょ」
「――……茉奈さん、目が本気でしたよ」
 二人で口元を上げ、笑い合う。
「……でも、ちょうど良いのかもね。……ちゃんと考えられるかもしれないし」
 何を、とは言わない。
 けれど、岡くんは、うなづいてくれた。
「――……それも、そうですね……」
 返した言葉とは裏腹に、彼の声音は沈んでいた。
 あたしは、それに気づかない振りをする。
「――まあ、帰ってきたら、連絡くらい入れるわよ。……それでガマンしてちょうだい」
 そう言うと、岡くんは、少しだけふてくされて、あたしを離してうなづいた。
「……わかりました。約束ですよ?」
「ハイハイ」
 あたしは、まるで、駄々っ子をなだめるように、返した。
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