Runaway Love
 そのまま、気が抜けて、実家のリビングでぐったりと横になる。
 ああ、もう、疲労感が半端ない。
 ――明日から、また仕事なのに。
「ちょっと、茉奈。お父さんに、お線香くらい上げてからにしなさい」
「ハーイ」
 ダラダラ感を諫められ、あたしは少しだけ眉を寄せる。
 けれど、立ち上がると、隣続きの母親の部屋に行き、隅に置かれた簡素な仏壇の前に座った。

 父親は、十年前、単身赴任先で事故に遭って、あっさりとこの世を去った。

 大黒柱を失ったウチは、あたしが大学を中退してバイトをし、二年ほど放心状態の母親を支え、高校受験を控えた妹――奈津美の親代わりを務めていたのだ。
 だから、奈津美の結婚が決まったと聞いて、うれしいはうれしかった。
 ――けれど、それと同じくらい、心の中にドロドロしたものが渦巻いて、ただでさえ避けていた奈津美から逃げるように、実家から疎遠になっていたのだった。

「ちょっと、茉奈!電話鳴ってる!」

 すると、リビングの固定電話が鳴り響き、キッチンで片付け物をしていた母さんに、怒鳴るように急かされた。
「ハイハイ」
 あたしは、ゆっくりと立ち上がると、通話状態にする。
 詐欺電話なら、速攻切らなければ。
 そんな事を考えながら、あたしは電話に出た。

「――はい」

『あ、やっぱり、こっちだった。お姉ちゃん、奈津美だけど』

 相手は、新婚旅行出発間近であろう、奈津美だった。
 一体、どこからかけているんだろう。
 そんな疑問もよそに、奈津美は続けた。

『あのさ、お姉ちゃんの落とし物、将太(しょうた)が持ってるって聞いてる?で、貴重品も貴重品だし、これからウチに届けるって言ってるんだけど』

 あたしは、その言葉に眉を寄せた。
 そもそも、その友人を、あたしは知らない。

「……いや、別にウチまで来てもらわなくても……」

 そう言ってる間に、インターフォンが鳴り響き、母さんが対応している。
『まあ、そう言わずに。アイツ、中学の時からのテルの親友だし、家も知ってるからさ』
「でも」
 強引に話を進めようとしている奈津美を遮ろうとすると、廊下から、母さんが手招きした。
 あたしは、通話状態のまま、聞き返す。
「ちょっと、何よ。奈津美からなんだけど」
「その、奈津美のお友達が、落し物持って来てくれたわよ」
「へ?」
『あ、早い。じゃあね、お姉ちゃん』
 母さんの声が届いたのか、奈津美はあっさりと電話を切った。
「アンタのなんだから、出なさいよ」
 あたしは渋々うなづくと、電話を戻して、ゆっくりと玄関に向かう。
 今まで、夢中で歩いていたから気づかなかったけれど――朝から、身体のあちらこちらが痛い。……意識したくなかったけれど、なかなかマズイところまで。

 ――……ああ、やっぱり、決定か……。

 ため息をつきながら、ドアを開け、あたしは硬直した。


「ああ、良かった!無事に帰れたんですね、茉奈さん!」


 ――目の前の、痛みの原因張本人は、心配そうにあたしを見て、そう言ったのだった。
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