Runaway Love

69

 ようやく冷蔵庫に入った食材と作り置きを眺め、あたしは、少しだけ満足して扉を閉めた。
 ひとまず、今週はコレで乗り切れるはず。
 お弁当のおかずも、冷凍してあるし。
 ――ようやく、いつものように戻れる。
 それは、あたしにとっては重要な事だ。
 住む場所が変わっても、ルーティンは変えたくない。
 ベッドに入ってうつらうつらしながら、そんな事を思っていると、不意にスマホの振動音が響き、あたしはゆるゆると枕元に手を伸ばす。
 そして、画面表示を見て、一気に目が覚めた。

 ――そちらはどうですか?

 野口くんからのメッセージ。
 あたしは、起き上がり、深呼吸する。

 ――大丈夫。まだ慣れないけど、心配しないでいいわよ。

 すると、すぐに返信。
 まだまだ眠る時間では無いようだ。

 ――心配ですよ。身体、壊さないようにしてくださいね。

 苦笑いしながら、ありがとう、と、返す。
 また返事が来ると思ったら、着信になった。

『すみません、まだ起きてました?』

 ほんの数日会わなかっただけで、彼の声がとても懐かしい。

「――大丈夫。……まあ、寝るトコだったけど」
『あ、すみません。……声が聞きたかっただけだったんで』
「気にしないで。それより、徹夜、もうしてないのよね?」
 この時間に起きているのは、また始めたのかと思ってしまうのだ。
 ――あと少しで、日付を超えるような時間なのだから。
『してませんよ。――茉奈さん、怒るじゃないですか』
「なら良いけど」
 ほんの少しだけ笑い合う。
 離れているのに――別れているのに、まだ、以前のように話せる。
 それは、まだ、完全に答えが出ていないから――期待させてしまっているからで。
『――でも、電話は、OKなんですね』
「――え?」
 不意に届く言葉に、反応が遅れた。
『……ラインを探ってるだけです。どこまでなら、あなたが許してくれるか』
「――もう……」
 楽しそうに聞こえる野口くんの声は、とても、離れる時に見た表情とはつながらない。
『――……早く会いたいです』
「……野口くん」
『……今、オレがそっちに会いに行ったら、きっとあなたは困るでしょう?』
「そ、それは……」
 その言葉を否定できない。
 口ごもってしまうあたしを、彼は優しい声でなだめた。
『気にしないでください。――でも、帰って来たら、すぐに会いに行きますから』
「――……ええ……わかったわ」
 不意に泣きたくなり、あたしは、それだけ絞り出す。

 ――まだ、ちゃんと会うのは辛いかもしれない。
 でも、それまでには、少しは何か、わかっていたら良い。
 完全に答えは出なくとも――少しくらいは――。

『茉奈さん?』
「え、あ、ごめんなさい」
『――いえ。……それじゃあ、おやすみなさい』
 お互いに、ほんの少しだけ距離を取る。
 耳に届く言葉は同じでも――。
 それを、悲しいと思うのは、どういう感情なんだろうか――……。
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