Runaway Love
 一日歩き回り、そろそろ体力も限界を感じてきた。
 それに気がついたのか、岡くんは、少しだけ困ったように笑う。
「――すみません、結構、振り回しちゃいましたね」
「……わかってるなら、ほどほどにしてくれないかしら」
 少々の息切れ。
 アラサー云々が通用するのも、そろそろ限界か。
 完全に、あたしの運動不足なのは、否めない。
「……じゃあ、帰りますか。送りますよ」
 辺りは既に薄暗くなってきたが、いろいろな店のギラついた看板で、そこまで暗くは感じない。
「いいわよ、一人で帰るから。それより、アンタ、ホテル取ってるの?」
 すると、苦笑いで返される。
「ネカフェ、近くに無いですかね」
「……は?」
「いや、交通費に結構かけちゃったんで。一泊くらいなら、ネカフェでいけるかなって」
「……岡くんっ……!」
 あたしは、引きつりながらも、彼をにらみ上げる。
 ――何て、計画性の無い!
「だ、大丈夫ですってば」
「……ちょっと待ってなさい」
 あたしは、目の前のシュンとしている仔犬のような彼をにらんだまま、バッグからスマホを取り出した。


「……おい、ふざけるなよ、お前」

「……アハハ。早川さん、お世話になりまーす」

 早川の出張は、今日の午後帰りの予定という事だったので、帰っているかは賭けだったが。
 メッセージを送ると、すぐに着信になったので、事情を話して、早川の部屋に岡くんを泊めてもらう事になったのだ。
 さすがに、疲れているところを悪いとは思ったが。
 マンションに到着すれば、既に早川は部屋に帰っていて、あたし達が来るのを待っていてくれた。
「ゴメン、早川。――でも、助かったわ。ありがとう」
「茉奈の頼みなんだ。仕方なく、だからな」
 苦々しく言う早川に、あたしは微笑む。
「ここじゃ、あたしが頼れる人間なんて、アンタしかいないでしょ」
「――お前なぁ……」
 早川は、あたしの額を小突く。
「後で覚えてろ」
「……ご、ご飯くらいなら、作るってば」
 一瞬、また、むさぼられるようなキスをされるのかと思い、身構えてしまうが、この場でそれは無いだろう。
「と、とにかく、今日はお願い」
 ごまかすようにそう言い、岡くんを見やると、視線が合う。
 そして、その色に、ギクリとしてしまった。

「――名前、呼び捨てにさせてるんですね」

「え」

 どう返すのが正解?

 一瞬、迷うが、すぐに早川が助け船を出してくれた。

「妬いてンじゃねぇぞ、《《クソガキ》》」
「……すみませんね、《《オジサン》》」

 ……いや、バトル始まってるし。

「じっ……じゃあねっ!明日、ちゃんと帰れるんでしょうね!」
「え、茉奈さん?」
「見送りなんて、行かないからっ!忙しいのよ、あたしは!」
 そう言い捨て、部屋に入ると、すぐに鍵をかけた。

 ――あの場に、平然といるなんて、できる訳ないでしょう!

 バクバクと鳴る心臓をごまかすように、あたしは首を振り続けた。
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