Runaway Love
 軽く数回触れ、そして、舌が割って入ってくる。
「――ん」
 だんだん深くなる口づけに、あたしは、岡くんの服を握りしめた。

「――……やっと、触れられた」

 そう言いながら、更に口内をまさぐられる。
「……んっ……」
 ビクリ、と、身体が跳ね上がるのに気づき、岡くんは、あたしを更に引き寄せる。
 力をこめられ、身動きがとれない。
 けれど、その温もりが、唇の感触が懐かしくて――気持ち良くて。
 接触禁止、って、言ってたのに。
 そんなものは、どこかに消えたように、口づけは激しく――。
 あたしは、それだけで翻弄されてしまう。
 そして、ようやく離されたが、あたしは彼の身体にしがみついたまま、動けない。
「……茉奈さん……?」
「……バカ……」
 荒いままの呼吸で、悪態をつく。
「……あ……足に力、入んないのよ……」
「え」
 一瞬、目を丸くしたが、岡くんは、すぐに笑顔になり、あたしを抱き上げる。
「きゃっ……ち、ちょっ……!」
「――気持ち良かったんですか?」
 そう言って、あたしに顔を近づけると、軽くキスをする。
「……バカッ!」
 きっと、顔中真っ赤なあたしは、せめても、と、彼をジロリとにらんだ。


「……アンタ、あたしの目的、何だと思ってんのよ」

 ようやく立てるようになり、あたしは、岡くんにボヤくように言う。
「すみませんって。……でも、久し振りすぎて……オレもヤバかったです」
「え?」
「ベッドになだれ込みそうなの、必死でガマンしたんですよ?」
「……バカッ!!」
 クスクスと笑いながら言う彼を、思い切り突き飛ばそうとするが、あっさりと手首を掴まれた。
「……接触禁止だってば」
「――大人しくしてないって、言いましたよね?」
 完全に平行線なので、あたしは、あきらめて手を振り払った。
「――これ以上、言うコト聞かないなら、もういいわ」
「え、ウソ、ごめんなさい、茉奈さん!調子に乗りました!」
 表情を変えずにそう言うと、岡くんは、真っ青になりながら、あたしにしがみつく。
 それは、やっぱり仔犬のようで。
 どうにも――憎み切れない。
「……次は無いわよ」
「ハイ!」
 すぐに離れた彼は、直立不動で、返事をした。
 それにあたしは、あきれながらも笑みが浮かぶが、すぐに口元を引いて尋ねる。
「それで……先輩、まだ来てるの?」
「え、ああ……ハイ。もう、奈津美がイライラしてきてて、今、全部おばさんが相手しているような状況で」
「そう。……毎日来てるって言ってたわよね」
 岡くんは、気まずそうにうなづく。
「……茉奈さん、あの人、何なんですか?……前にあなたが言ってた事って……」
 その問いかけには、苦笑いで返すだけにする。
 彼に言ったところで、わかってもらえるとは思えないし――何より、これ以上は巻き込めない。
「……あたしの問題だから。――ありがとう、もう、報告はいらないわ」
「茉奈さん」
 あたしは、踵を返す。
 けれど、すぐに後ろから抱き寄せられた。
「――……オレ、何もできないんですか?」
「……あたしの問題って言ったでしょう」
「あなたの問題なら、オレにとっても問題ですよ。――……頼りないかもしれないけれど……頼ってください。……何でもしますから……」
 あたしは、一瞬、心が揺らぐ。
 けれど、すぐに首を振った。
 ゆっくりと、回された岡くんの腕をほどく。

「――……大丈夫。……すぐに、終わるわ」

 それだけ言って、玄関で靴を履く。

「茉奈さん」

 あたしは、振り返って、笑顔を作ると彼に向けた。

「――……ありがとう。……アンタ、自分が思ってる以上に、役に立ってるわよ」

 アンタがいてくれたから――あたしは、大阪での役目を全うできた。
 すぐにでも帰ろうと思ったのを留まれたのは、アンタのおかげだ。

 だからこそ――もう、これ以上、頼れないじゃない。
 元々は、会社とは関係のない人間(・・・・・・・・・・・)なのだから。



 ――……あ。



 そう思ったところで、不意に思い出した――早川の言葉。

「……茉奈さん……?」

 固まったあたしを、岡くんは、恐る恐るのぞき込む。
 あたしは、ゆっくりと彼を見た。

「……最後に、ひとつだけ……お願いしても良いかしら」

「――……え」
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