Runaway Love

82

「……は?」

 完全に不意を突かれ、呆気に取られた先輩は、あっさりとあたしを離して、奈津美の方を向いた。
「え?何、奈津美ちゃん、何か誤解してない?」
「誤解じゃないでしょ!お姉ちゃん、嫌がってるじゃない!」
 奈津美は、眉を吊り上げ、先輩をにらむ。
 その表情一つ取っても絵になるなんて思うとは、あたしの思考はどこまで歪んでいる。


 ――今は、コンプレックスなんて、その辺に置いておけ!


 あたしは、奈津美を守るように、先輩との間に立つ。
「――奈津美、アンタは下がってなさい。大体、何で来たのよ」
「だって」
 すると、先輩は、不本意と言わんばかりに反論してきた。
「奈津美ちゃん、よく考えてみなよ。茉奈ちゃんに、こんな機会、もう無いと思わない?」
「……はあ?ちょっと、何言って……」
 眉を寄せる奈津美には、お構いなしだ。
「こんな頑固で可愛げのない女、付き合ってくれる男がいるだけ良しとしなきゃ」
 先輩は、そう言って、反射的にうつむいたあたしをのぞき込む。

 ちゃんと、真正面から向き合わなきゃ、進めないのに。
 ――どうしても、過去の自分が、それを嫌がる。

「――ね?茉奈ちゃん、悪い話じゃないでしょ?どうせ、この前の彼には振られたんだし(・・・・・・・・・・・・・・)
 あたしは、その言葉に顔を上げた。
 ――まさか、野口くんの事……⁉
 青ざめたあたしを見て、先輩は楽しそうに言う。
「キミの会社、結構、その手の話題で盛り上がるよね。この前行ったら、遠恋で別れたって話、してたからさ」
「――先輩には、関係ありません」
「あるでしょ。かわいそうだから、僕が拾ってあげるって言ってるんじゃない」

 ――この男は……何も知らないクセに……!
 人の気持ちを何だと思って……っ……‼

 怒りに目の前が真っ赤になる。
 だが、ここで不利になるような事はできるはずもない。
 あたしは、きつく拳を握る。

 ――すると。


「やめろっ、奈津美!!」


 あたしは、その声に振り返った。

「岡くんっ……!」

 彼は、先輩に殴りかかろうとしていた奈津美の両手を、後ろから抑え込んでいた。
「離してよ、将太!」
「バカ!お前はちょっと、冷静になれ!」
「なれる訳ないでしょ!」
 奈津美は、岡くんの手を無理矢理ほどき、先輩をにらみつけて言った。


「アタシの大事なお姉ちゃん、バカにするなんて、絶対に許せる訳無いじゃない!!」



 ――え。


「お姉ちゃんはっ……お父さんが死んでから、アタシとお母さんの事、ずっと、自分の事後回しにして、全部我慢して支え続けてくれたのよ!そんなカッコイイお姉ちゃん、アンタみたいな男に任せられるはず無い‼」

「……な、つみ……?」

 涙をこぼしながら、先輩に食って掛かる奈津美を、あたしは呆然と見やる。



 ――……何……それ……。


 何それ、何それ――……アンタ、そんな風に思ってたの……?




 その瞬間――あたしの中の棘は、砕けて消えた。




 ――……ああ、そうか……。



 あたしは、他の誰でもない――奈津美に――すべてのコンプレックスの元のアンタに、認めてもらいたかっただけなのか――……。
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