Runaway Love
 注文したハンバーグセットを、あっという間に完食した野口くんは、そのままドリンクバーに、追加に立って行った。
 その間に、あたしは、鶏肉のおろし煮セットの味噌汁を飲み終え、箸を置く。
 手を合わせて、口を紙ナプキンでさっと拭くと、野口くんが戻って来た。
「杉崎主任、何か追加行きますか?」
「――ああ、そうね。コーヒーでも持って来ようかしら」
 そう言って立ち上がろうとすると、あっさりと手で止められた。
「良ければ、持ってきますよ」
「あ、ありがと」
「ミルクと砂糖、要ります?」
「あ、ミルクだけお願い」
「わかりました」
 野口くんはうなづくと、さっさと、ドリンクバーのコーナーへ戻って行く。

 ――うわ、彼女さん、うらやましいー。

 不意に後ろから聞こえた声に、ビクリと反応してしまう。
 チラリと顔を向けると、真ん中のテーブルで、女子高生の集団が、六人程でだべっている。
 他に男女二人はいなかったので、おそらく、あたし達の事だろう。
 こちらに向けた言葉は、あっさりと被され、話題はコロコロと変わっていった。
 ――なるほど、一応、恋人同士には見えるのか。
 あたしは、ひとまず安心した。
 こういう所でも、職場の雰囲気が出ていると、早川にも――岡くんにも、偽装だと見破られてしまいそうだから。

「お待たせしました」

 すると、目の前にコーヒーカップが差し出され、あたしは顔を上げる。
「ありがと」
「いえ」
 ミルクとともに受け取ると、前に座った野口くんを見やった。
「何か、勘違いされる原因、わかった気がしたわ」
「え」
 あたしは、ミルクを入れながら、続ける。
「基本的に、女性に優しいのかも。野口くんて」
「――いや、別に、そういうつもりは……」
「たぶん、ご両親の育て方が、そうだったんじゃない?」
 ここまでさりげなく、自然にできるのは、昔からそうだったからだろうと思った。
 野口くんは、持って来た烏龍茶のグラスに口をつける。
「……母親から、女の子には優しくしなさい、って、口うるさくされてた記憶が……」
「そっか」
「それに、オレ、姉が二人いるんで……自然と、女性の行動に敏感になる節があるのかもしれません。被害が大きくなる前に、逃げる習性がつきました」
「へえ……末っ子なんだ」
「下にも二人います。男と女。どっちも高校生です」
「え」
 思わず、カップを持つ手が止まってしまった。
「……大家族ね……」
「両親とも、大家族で育ってたんで。……だから、親戚集めると、とんでもない人数になりますよ」
 苦笑いで言いながら、野口くんは、半分ほど烏龍茶をあけた。
「――そっか。にぎやかそうね……って言うと、マズいかしら?」
「いえ。――まあ、昔は、人の気も知らないで、って、イラつきましたけど。今は、落ち着きました」
「あたしは、父親がさっさと亡くなったから、想像するの難しいかも」
「――そうなんですか」
 その返しに、あたしは、まじまじと野口くんを見た。
「――……あの?」
「あ、ううん。……良いわね、そういう返事」
「え?」
「……同情する言葉は、聞き飽きたから」
「――……そうですか……」
 あたしは、沈みそうな空気を振り払うように、笑った。
「気にしないで。――もう、十年は経ってるし。……今さら、ピリピリしたってしょうがないもの」
「でも、辛くない訳じゃないでしょう」
 一瞬だけ、心臓が鳴る。
 ――どうして、このコは……。
 あたしは、コーヒーに口をつける。
 その間も、野口くんは、あたしに顔を向けたままだ。
「……うん、まあ、無い訳じゃないけど……。でも、あたしがしっかりしないと、母親も妹も、不安定になっちゃうからさ」
 そして、コーヒーを飲み干すと、あたしは立ち上がった。
「――そろそろ、行こうか」
「――はい」
 何となく、暗くなった空気を振り払いたくて、あたしは、無理に明るく言った。
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