Runaway Love
 部屋に逃げるように入ると、ベッドに座り込む。
 ――みんな、悪い人ではない。
 わかってる。
 でも、それでも、言葉の端々が癇に障ってしまうのは――素直に言葉どおりに取る事ができないから。
 奈津美のように、笑って返せれば、どんなに楽か。
 あたしは、軽く頭を振る。
 ――それができれば、こんな風にはなっていない。
 キツく目を閉じ、ベッドに横になる。
 すると、見上げた岡くんの姿が思い浮かび、飛び起きた。

 ――ヤバイ、ヤバイ!ベッドはマズい!

 無意識に、いろんな感触を思い出してしまい、体の奥が熱くなってしまう。

 ――……絶対に、忘れなきゃ。

 ――じゃないと、あたしは、あたしでいられない……。

 軽く頭を振り、あたしは、唇を噛む。

 もしも、このまま、状況が変わらないようなら、もう転職して引っ越そう。
 最悪、正社員はあきらめる。

 ――そして、誰も知らない遠い場所で、一人で、ひっそりと生きていく。

 誰からも干渉されず、淡々と日々を過ごす。
 それでいい。

 奈津美とは真逆の人生だけど、きっと、それでいい――……。

 ――覚悟は、決まった。


 しばらく、久し振りに入った部屋を物色しながら、階下(した)が落ち着くのを待った。
「あ、こっちにあったんだ」
 手持ち無沙汰気味になり、本棚に残していた本を眺めていると、野口くんが貸してくれた芦屋先生の、別のシリーズ作品が五冊ほど並べられているのに気がついた。
 あたしは、それを手に取ってパラパラとめくっていく。
 ――……野口くん、コレ、持ってたかしら……?
 あの圧倒される量の本の中に、このタイトルを見た記憶は無いけれど、ただ多すぎて見ていない可能性もある。
 明日、聞いてみようか。
 そう思ったところで、ロッカーに貼られていた紙を思い出し、眉を寄せる。

 ――……まったく、どうしたら、やめてくれるんだろうね。

 半ばあきれてしまうが、仕事に支障が出ても困る。
 ほとぼりが冷めるまでは、誰にも言わないでおく事にしよう。
 ――まあ、女子社員には広まるだろうけど、それが早川や野口くんの耳に入る可能性は低いだろう。
 ――誰だって、気分の悪いウワサなど、お気に入りの男性に告げ口しようとはしないはず。
 そんなの、言った自分が蔑まれるんだから。

 ――とにかく、あと二週間ほどで、二股だの、何だののウワサが消えれば辞表は撤回。

 ダメなら――……。

 あたしは、目を閉じる。
 浮かんでくるのは、あたしを守ろうとしている野口くんや、意思を汲んでくれる早川。
 見守ってくれている、経理部の人たち。

 ――そして。

 あくまで、あたしを好きだと言う、岡くんの姿だった。
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