ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
「帰りたいのは山々なんだが、職場に用があってな」

 ちらりと私を伺う。

「病院へ行くんですね? 検査は出来ますか? 出来るならついていきたいです!」

「おいおい、知らないおじさんに検査してあげるから一緒に来てって言われても、ついていきそうな勢いだな」

「医師免許がない人についていく訳ないじゃないですか。そういう冗談、つまらないですよ」

「じゃあ、正論を言おうか。検査は俺の管轄外。病院はただでさえ多くの患者を抱え、桜さんと同じく海外からもやってくる。基本、予約制だ。緊急性がない限り、行ってすぐに処置とはいかない」

「でしたら失礼します」

「待て、待て、待て。どうしてそんなにせっかちなんだ? お茶でも飲みながら話をしようじゃないか。喉が乾いてない?」

「コーヒーがあるので要りません」

「はぁ、こりゃ取り付く島もねぇな。こんな風で仲良くなんて出来るのかよ、ったく」

 真田氏は額を抑え、よろよろと近くのベンチに座る。長い手足を投げ出して不貞腐れた。

「仲良く? 伊集院家はドクターに開業資金を援助するとでも言いましたか?」

「はぁ? 一体、何の話だ?」

「隣に座っても?」

「お、おう。今、ハンカチを敷く」

 私の座るスペースにハンカチが敷かれた。

「こんな扱いをされるとお嬢様みたいですね」

「みたいじゃなく、正真正銘のお嬢様だろ。父親はベストセラー作家で母親はハリウッド俳優。そして本人はヴァイオリニスト、華麗なる一族というやつじゃないか」

「ご存知かと思いますが、私と伊集院は血が繋がっていません。伊集院ーーいえ、主に母が私の結婚相手を探し、これまでパイロット、弁護士、実業家などとの縁談が持ち上がりました」
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