ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
「……」

 手首がじんじん痛み、脱力した。真田氏は人を掻き分け、放心状態の私を回収する。

「一体どういうつもりだ?」

「だって、ピアノがあったから、つい」

「ついって言うレベルの演奏じゃねえだろ。ちっ、警備員が来やがったか。こっちに来い」

「何処へ?」

「説明は後、いいから早くしろ」

 若干、引き摺られ気味で関係者以外立ち入り禁止とあるドアを潜る。それと同時に説教が浴びせられた。

「自分が置かれている状況を分かっているのか? あんな無茶な弾き方をするなんて。自棄になってるんじゃないよな?」

「……」

 なんだか目頭が熱い。

「ん? 口ごたえしないのかよ? あんな所にピアノを置いとく方が悪いとか言わねぇの?」

「……」

 視界がぼやけ、サングラスを外す。

「って、泣いてるじゃん! 何? どうした? 痛むのか? そう、そうだハンカチ、ハンカチだな! あっ、さっき尻に敷いたやつしかない」

「ーーで」

「は? 尻に敷いたやつでいいのか?」

「お願い、私から音楽を奪わないで! 私には音楽しかないのよ!」

 感情をコントロール出来ず、悲鳴に近い訴え方となる。なんだか胸が苦しい、息も吸いづらい。

「落ち着け、深呼吸してみろ。まず大きく吸って、よし良い子。続けてゆっくり吐き出せ」

「はぁ、はぁ、私、ヴァイオリンが弾きたい。お父さんと約束したの、だからお願い! 私を治して!」

 そこへ警備員が駆け付け、女が泣き喚き詰め寄る光景はあらぬ誤解を誘発し、何故か真田氏が取り押さえられた。

「待て待て、俺は医者だって。人を見た目で判断するのは良くないぞ!」

 ネックストラップを翳して身分を証明しようとする。

「まぁ、キレイなお姉さんの味方をしたい気持ちはお察しするけどな」

 それから警備員が慌てて謝罪をするというコントみたいな流れを眺めるうち、気が遠くなっていった。

「おい! しっかりしろ! ストレッチャー持ってきて」

 壁によりかかり、ズルズル伝い座り込む。
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