ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
『しかし最近の日本でも体調が優れない時は休む、無理をしない意識が定着しつつあります。海外で活動する伊集院さんにそのマインドが欠けているとは残念というか……。個人的に彼女は女性の社会進出のシンボルマークでした』

 元政治家の女性コメンテーターが言う。

『伊集院さんは写真集を出したり動画配信をしてみたり。本業以外での活動が盛んでしたので、練習を短時間に詰め込んだのでは?』

 テレビを消す。本物の音楽家ならこんな物言いはしないはず。あんな魂を引き裂くチャルダッシュ、別の意味で聴くに堪えない。

「血液検査の結果、かなり悪いね? ダイエットでもしてるのかな?」

「……食えねぇし、眠れなくなってるんだろう。睡眠薬や安定剤は飲んでないらしいから医者にかかってない。不調を放置した結果、貧血で倒れた」

 演奏動画が流出したのは悪手だ。しかもそれを観て伊集院家が動くのも宜しくない。彼女の痛みがエンターテイメント化していく。

『お願い、私から音楽を奪わないで! 私には音楽しかないのよ!』

 倒れる間際、彼女は泣き喚いていた。クールビューティと持て囃される顔をぐしゃぐしゃにして。

「ーー伊集院桜には心のケアが必要。腕を治しても精神が健康でなければ意味がない」

「それはカウンセラーの領分、術後はリハビリ医が担当する。天才外科医のお前はさっさと切ればいいんだって。医院長もそれをお望みだよ。慎太郎、非番だろ? それ、早く仕上げて帰れな」
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