喫茶店で甘い一時を

そういえば大学の人達には、ここが野上くんの家であることや、お店を手伝っていることは、秘密にしているみたい。
 前に「どうして?」って聞いたら、「面白がって来られたら迷惑だから」って答えてくれた。

 それは、ナイショにしておいて正解だよ。
 もし野上くんが働いてるなんて知られたら、彼目当てで女の子が何人もやって来て、落ち着いたお店の雰囲気が壊れちゃうだろうから。
 それに皆にはナイショの方が、私だけが知っている特別な秘密なんだって思えて、なんか嬉しいから。

 コーヒーを用意する野上くんを見ながら、そっと笑みをこぼして。
 やがてコーヒーが運ばれてきて、私の前に置かれる。ミルクも砂糖も入っていない、真っ黒なコーヒーが。

「今日もブラックで良いんだよな?」
「う、うん。私、ブラック好きだから」
「ふふっ、そうだったな」

 何だか含みのあるような笑みを浮かべる野上君。
 ちょっと気になったけど、構わず珈琲に口をつける。うん、苦い。
 さすがブラックコーヒーだ。

 実はと言うと、私本当は、ブラックは苦手なんだよ。
 コーヒーは間違いなく好きだけど、ミルクと砂糖は欠かせない。
 どうせお子様舌ですよーだ。

 だけど、ここではいつもブラックを注文している。
 何でって?
 えーと、話せば長くなるんだけどね。

 最初この店に来た時、野上君から「ご注文は?」って聞かれたんの。
 その時は野上君がいた事にビックリしてね。
 ウェイター服に身を包んだその姿が、妙に大人びて見えて。
 いつもならちゃんと、ミルクと砂糖を入れるんだけど、野上君の前でそれをするのが、ちょっと恥ずかしく思えて。
 だからつい、私、ブラックも飲めるんですよーって、見栄を張っちゃった。

 苦いのを我慢して、頑張って飲んだブラックコーヒー。
 と言うわけで私の野上君のコーヒーデビューは、文字通り苦いものとなってしまったわけなの。
 それから何度もここに通っているけど、最初見栄を張ってしまったせいで、注文するのはいつもブラックコーヒー。

 あっ、でも最近はブラックでも、ちゃんと美味しいって思えるようになってきたかも。
 ふふっ、ようやく味が分かるようになってきたって事かな?

 
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