かりそめ婚のはずなのに、旦那様が甘すぎて困ります ~せっかちな社長は、最短ルートで最愛を囲う~
 拓斗はその興奮ぶりにあきれたような視線を送っていたが、望晴を中に誘導した。
 京町屋の建物の中はリフォームしたようでバリアフリーになっていて、リビングに案内されるとテーブルの奥に車いすに座った老人がいた。

「はるやのおじいちゃん!」

 ずいぶん歳を取って痩せていたが、馴染みの顔を見つけて望晴は声をあげた。

「本当に拓斗の婚約相手がみっちゃんなのかい?」

 顔をほころばせて拓斗の祖父が問いかけてくる。
 望晴は思わず拓斗を見た。

「そうだよ。西原望晴さん。僕の婚約者だ」

 代わりに彼が答えてくれて、望晴はほっとした。
 こんなに喜んでくれている人を騙すのが心苦しいと思ったのだ。

「まぁ、なんてうれしいことでしょう! 拓斗に結婚相手ができただけでも喜んでいたのに、そのお相手がみっちゃんなんて。西原さんも言ってくれたらいいのに」
「まだうちの親には言ってないんです。そもそも由井さんのおじいさま、おばあさまがはるやのおじいちゃん、おばあちゃんだとは思ってなくて」
「あら、じゃあ、これからご挨拶に行くところなのね。ちょうどいいからここに呼んじゃいましょう」
「あ、えぇっ?」

 止める間もなく興奮したままの祖母は電話をかけ始めた。
 望晴はもちろん実家には一人で行くつもりだったし、両親になにも言っていないので慌てた。

「もしもし、西原さん? 由井です。こんにちは。今ね、びっくりすることがあって、よかったら、家にいらっしゃいません? みっちゃんも来てるのよ。うん、そうなのよ。うちの孫と結婚するんですって」

 その会話を聞いて、望晴は嫌な汗が出てきた。

(これってまずくない?)

 婚約者のふりだったはずが、どんどん外堀が埋まっていっている気がした。
 拓斗を見ると、彼も焦った顔をしていた。
 でも、こうなっては止められない。

「あら、お客様を立たせたままでごめんなさい。座って座って」

 電話を切った祖母がにこにこと椅子を勧めてくる。
 拓斗と並んで座った望晴は無理やり笑顔を作った。
 お茶と生菓子が出される。

「素敵! これは雪に見立てたものですか?」

 出てきた生菓子は丸っこい形で、角を立てた真っ白い餡がふわふわと周りを覆っていた。

「そうなの。雪化粧という名前の新作なのよ」
「和菓子ってこういう見立てがいいですよね! いただきます!」
「どうぞ、召し上がれ。みっちゃんの感想が聞きたいわ」

 勧められるまま、望晴は黒文字で雪化粧を切った。中から鮮やかな黄身餡が出てくる。
 口の中に入れると、望晴は頬を押さえ、うっとりと目を閉じた。

「美味し~い! 白と黄色のコントラストがハッと目を引いて、美しいですね。外側の白餡はほろっと雪みたいに溶けて、黄身餡の濃厚な甘さが舌に残るという二重構造。はるやさんの新作が食べられて幸せです」

 望晴がいつものようにべらべら感想を漏らすと、拓斗を含め、みんな噴き出すのを我慢しているような顔で彼女を見ていた。
 恥ずかしくなった彼女はお茶を飲んでごまかした。

「あ、これって玉露ですか?」
「そうよ。うちではいつもこれを使ってるの」

 それは前に拓斗が淹れてくれたのと同じ味がした。
 あれのルーツがここにあったのだなと思った。

「久しぶりにみっちゃんの感想が聞けて、本当にうれしいわ」
「西原さ……望晴は昔からこんなふうなのか?」

 おもしろそうに拓斗が聞くと、祖母も祖父も大きくうなずいた。

「そうだな。小さいころからいろんな感想を言ってくれたなぁ。それがなかなか的確で、職人と一緒に感想を楽しみにしていたもんだ」
「お恥ずかしいです……」

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