かりそめ婚のはずなのに、旦那様が甘すぎて困ります ~せっかちな社長は、最短ルートで最愛を囲う~
 年明け早々、また入江が現れた。

「あれー、望晴ちゃん、本当に婚約したの?」

 彼は来るなり、望晴の婚約指輪を目ざとく見つけて言った。

「いいえ、婚約じゃなくて、結婚しました」
「結婚? それはまたずいぶん急だね」
「いろんなタイミングが重なって……」
「人妻かぁ。そそるね~」

 入江は顔を近づけてきた。
 望晴はそっと後ろに下がったが、目は冷静に彼を見ていた。今までは男性というだけで心が不安定になってしまい、きっぱりとした態度が取れずにいたが、今は精神が落ち着いていた。
 その反応に入江がおやっとした顔をした。

「冗談だよ。俺は人妻には萎えるほうなんだ。これでも倫理観があるんだよ。あーぁ、君たちには付け入る隙があると思ったのになぁ」

 つまらないなと勝手なことをつぶやいて、入江は去っていった。
 拍子抜けした望晴はその背中を見送った。
 さりげなく割り込もうとしていた啓介と目が合う。

「あきらめてくれた……?」
「そんな雰囲気だな。よかったな」

 啓介も同意してくれて、ぱぁっと憂いが晴れた。
 帰宅後、拓斗に報告したくて、うずうずと帰りを待つ。
 彼が帰ってきた気配がして、待ちかねた望晴は拓斗に駆け寄り、早速報告した。
 彼女の勢いになにかあったのかと目を丸くした拓斗だったが、それを聞いて表情を緩めた。

「よかったな」
「はい! これも拓斗さんのおかげです。ありがとうございます」

 にこにこと感謝を告げた望晴を、彼はいきなり抱きしめてくる。
 拓斗は意外にもこんなスキンシップが多い人だった。
 そのたびに動揺してしまうのでやめてほしいと思うのだが、そうとも言えず、望晴は高鳴る胸を鎮めようとする。

「どうして?」

 抱きしめられた意味がわからず、望晴がつぶやくと、拓斗は笑って答えた。

「君がかわいいから」

 せっかく落ち着こうとしていたのに、望晴の顔がボンッと燃えた。

(もう! ナチュラルに人をたらすのはやめてほしいわ!)

 そんな彼女の気も知らず、拓斗は平常運転で、望晴を離すと着替えに行った。
 望が用意した夕食をとりながら、拓斗はふと思い出したように言った。

「そういえば、あの男の問題が片づいたなら、君の夢の準備をしたらどうだ?」
「夢の準備?」
「あぁ、パーソナル・カラーコーディネーターになりたいと言っていただろう? なんの伝手もなくいきなり個人で始めるのはハードルが高いが、せっかく服飾店で働いているのなら、店のサービスとして始めてみてはどうかと思ったんだ」

 拓斗が説明してくれたが、まだうまくイメージできていないような望晴に、さらに補足してくれる。

「有料でも無料でもいいが、店のイベントとして、予約制でパーソナルカラー診断をして、ついでに僕にしてくれているように服をコーディネートしたら、君の実力も上がるし、店の利益にもなるんじゃないかと思ってな。初めは女性限定としたら、君のハードルも下がるだろう」

 本人が漠然としか考えていなかった夢を具体化できるように考えてくれていた拓斗に、望晴は感激した。しかも、望晴の心理的ハードルまで思いやってくれている。

「すごい! とてもいいアイディアですね。啓介さんに相談してみます!」

 尊敬のまなざしで見る望晴に照れたようで、拓斗は目を逸らしつつも、さらに提案してくれる。

「君が個人的にやりたいというなら、僕の知り合いや母の知り合いを紹介できるが……」
「い、いえ、そんな恐れ多いです。まずはお店で試してみます」

 二人の知り合いなんてきっとセレブに違いない。有難いが恐れ多いと思って、望晴は焦ってかぶりを振った。

「そうか。もしやりたくなったら言ってくれ」
「ありがとうございます。でも、よくそんなアイディアを思いつきましたね」

 ファッションにはまったく興味ないはずなのにと望晴は不思議に思う。
 拓斗は苦笑して言った。

「いや、僕が思いついたんじゃない。先日たまたま百貨店でそんなサービスがあると知ったんだ。僕は君に無償でコーディネートしてもらっていたが、金を取っていいものだったんだ。すまない」

 今からでも報酬を払うと言う拓斗を慌てて止める。

「あんなにお買い上げしてもらったら、サービスの一つや二つしますよ。それに、そのおかげで……」
「君と結婚できた。あのとき、君の店を選んだ甲斐に感謝だな」

 自分と結婚したのを喜んでいるそぶりをされて、望晴はうれしくなる。
 このまま月日を重ねていけば、拓斗と便宜上の夫婦ではなく、普通の夫婦になれるかもしれないと思った。

 翌日、啓介に拓斗の提案を話すと、諸手を挙げて賛成された。

「平日昼間の比較的客が少ない時間にしてもらえるとこっちも有難いな」

 モールに申請が必要だけど、客寄せになっていいと高評価だ。
 早速、詳しい計画を立てて、来月二日だけ試しにやってみようということになる。
 喜んだ望晴は張り切った。
 ポスターを作ったり、モールのホームページで告知してもらえることになったので、その素材を作ったり、休みの日にはカラー診断の復習をしたりした。

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