前世恋人だった副社長が、甘すぎる




怜士さんのピアノの音は、まるで彼のように甘くて切なげだった。

そして彼のテクニックも、川原さんが認めただけのことはあった。

何よりもお互い信頼しきっているから、変な気遣いなどもなく安心して自分らしい演奏が出来た。



ちらっと怜士さんを見ると、愛しそうに鍵盤を叩く彼。前世の彼と同じような幸せそうな顔をしている。

その横顔に頬がぼおっと熱くなる。

怜士さんに見惚れすぎてミスもした。だけど、それを当然のようにカバーしてくれる怜士さん。

そんな怜士さんを思うと、胸がくすぐったくなった。

ただピアノを弾いているのに幸せだった。

すごく愛されているように思った。

ただ弾いているだけなのに、甘い言葉で囁き合って抱きしめ合っているような錯覚に陥る。

胸がきゅんきゅんうるさい。

やっぱり、怜士さんじゃなきゃ、駄目だ。怜士さんだって、そう思ってくれているかな?




曲が終わり、今日一番の拍手が鳴り響いた。

鳴り止まない拍手の中、戦友ともいえる私たちは深々と礼をし、お互いの手をがっしり握る。

本当は飛びついて頬擦りなんてしたいが、それはさすがに理性が働いて止めた。

頬がにやけて垂れ下がっている私は、この間抜け面を大衆に晒していることなんて忘れている。

そして怜士さんだって、泣いてしまうのではないかという笑顔で私に笑いかけていた……


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