曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜

第四話 BCストリート・イルミネーション

「……あの、なんで迎えに来てくれたんですか?」

 助手席に落ち着いて、車が動き出してから希空は理人に質問した。

「パイロットはあらゆる危険予測をしておくものなんだ」

 理人は前を見ながら楽しそうに答えてくれる。

「希空の仕事が定時で終わらない可能性。希空が寝坊する可能性。希空が電車を乗り過ごす可能性……」

 申し訳なさから、希空が猫背になる。

「それに合わせてプランAからCまでを考案しておいた。今はプラン『スペシャル』かな」

「え?」

 食事の予約をしてくれているというベリが丘へつくと、理人は初めて会った日に服を見立ててくれたサロンへ、希空をエスコートした。

「希空のためという大義名分。実は俺の、俺による、俺のためのスペシャルプラン」

 頭の中をハテナマークが飛び交っていたが、サロンでスキンケアをしてもらう。
 そのあと、ハンガーラックごと洋服が大量におし寄せてきた。

「この前は希空の好みで淡い色をチョイスしたから、今日は俺の独断で鮮やかな色を選ぼうかな」

 理人は楽しそうにスタイリストと話しだす。

「リトルブラックドレスはまたの機会に。希空の肌の色だと、エメラルドやガーネット、サファイアの色味なんて似合うんじゃないかな」

 その一言で、スタイリストがまさにその三色の服を選びだす。と、他に一着。

 マーメイドラインのボディスにラメいりシースルーのロングスリーブ、胸もとにはスリット。色は黒かと思えるほどの濃紺。

「ドレッシーでいいね」
「おそれ入ります」
 
 総レース地のフィッシュテールタイプのドレスを羽織るタイプ。後はふくらはぎくらいの丈だが、前は膝上のミニスカート。なぜか白。
 可憐でセクシー。あえて言うならコケティッシュ。
 希空が見惚れていたら、目隠しをされてしまう。

「これはウエディングドレス候補だから、だめ」
「え」

 恋人の手が離れたときには、フィッシュテールのドレスはもう隠されてしまっていた。

 シースルーのスラッシュスリーブ、スクエアネックでバックスリットが入っているタイトなクラブドレスは深紅。セクシーなのにエレガント。

「これはブラックをとっておいて」

 理人の指示に、スタイリストが笑顔でハンガーに戻す。

 深いVの字のキャミソールドレスはいっそ潔いくらいのシンプルさ。
 柔らかい布が体にまとわりつき、否が応でもボディラインを余す所なく魅せる。
 金のレース地で作られたマオカラーで首元しかボタンがなく、ほぼ袖しかないようなショート丈のボレロを羽織る。
 扇情的なのに上品だ。色はエメラルドグリーン。

「わ……」

 希空は思わず目を奪われた。

「ん。今回はエメラルドにしようか」

 理人が頷くと、希空はパティションで男の視線から遮られ、着替えさせられた。

 キャミソールドレスは動くと、光沢が美しい。
 ボレロは、後ろ身頃は背中の開きに届くくらいの丈だが、前身頃とドレスのVラインでちょうど菱形のような胸元となり、ふっくらと盛り上がった谷間が見えそうで見えない絶妙な領域を作り出す。

「靴は……オープントゥのブーティだと、外し感が楽しめそうだけど」
 
 希空がスタイリストの女性と楽しそうに談笑している彼がスーパーマンに見える。

「さすがです!」

 スタッフがニコニコしながら、希空が羽織っているボレロと同じレースから作られたブーティを出してきた。

「ん。今日はこれで行こう」

 いつのまにか、理人も光沢のある生地で作られたジャケットとボトムに、そして黒っぽいシャツに着替えていた。
 ポケットチーフに希空のドレスと同色を差し込む。
 彼のカフスボタンと、希空のイヤリングもエメラルド色だ。

「食事の前にイルミネーションを楽しもう」

 カシミアのチェスターコートに袖を通した理人が希空の腰を抱くと、スタッフが「いってらっしゃいませ」と送り出してくれた。

 フェイクムートンのコートが風を通さないので、BCストリートのイルミネーションをストレスなく堪能できる。

「わあぁ……!」

 希空はうっとりと照明のアートに酔いしれる。

 十二月はあと数日先だが、早々とクリスマス仕様になっているらしい。
 点滅したり、雪が舞い落ちる動きを模したかのように上から下へと落ちたり。

 もしくは、橇でも通ったんだろうか? と思わせる雪が地面から舞い上がる様を表してみたり。

 LEDだとわかっているけれど、その動きはずいぶん柔らかい。素人の自分には自然であるようにしか見えない。

 しばらく木々を見上げてじっとしていたのだろうか。

「希空」

 恋人が後ろから抱きしめてすっぽりと覆ってくれていたから、希空の心も背中も暖かい。

「ありがとうございます、とっても綺麗」

 抱きしめられたままだったから、顔だけ大好きな人に向けて笑顔を見せる。
 彼はとても優しい目で希空を見下ろしてくれた。

 慈しみ。愛おしみ。そんな言葉でしか表せない表情だった。

「夜間に空港に降り立つときって、こんな感じだよ」

 囁くような声なのに、はっきりと希空の耳に届く。

 ……もしかしたら、自分の体はこの人に恋したときから作り替えられていて。
 彼の声を聞き漏らさず、彼の笑みや視線を見逃さないようになっているのかもしれない。
 
「そうなんですね」

 彼はいつもどんな風景を目にしているのだろう。
 悪天、バードストライク。晴天ですら、乱反射などでパイロットの味方ではないのかもしれない。

 夜景が近く見えたら着陸がじきだ。感動と一緒に緊張がやってくるのではないだろうか。

「新婚旅行はプライベートジェットで飛ぶ? 綺麗な景色をコクピットから見れるのは最高なんだ」

 理人がひどく甘い目が希空を見つめてくる。

「え、と」

 希空は困惑していた。さっきから連想させる言葉ばかり聴かせられている。舞い上がってしまっていいのだろうか。

「希空」

 呼びかけられて、希空は思わず身構える。なにを言われるのだろう。

「冷えたろう。そろそろレストランに動こうか」
 
 彼は空に手を差し出してきた。

「はい」

 希空も理人の手に自分の手を載せる。
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