曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜

第六話 二回目のオーシャンビュー(2)

 会計を済ませた二人は、上のフロアに移動した。
 部屋に入って希空は気づく。

「……この部屋……」

 初めて愛し合った場所だった。

「せっかくだから、同じ部屋がいいかなと思って」

 暗闇の中、理人の声が照れているような気がする。

 どんな顔をしているのだろう。
 茶目っ気を起こした希空は、えいっとばかりに振り返った。
 彼を見れば。
 窓空の夜景の光の中、彼は獲物をねらう獰猛な獣のような表情をしていた。

 じっと、自分を見つめている目。
 静かなのに、欲情を湛えている。
 魅入られて動けない。
 それどころか、自ら進んで自分を与えたくなる。

「希空。愛している。結婚してほしい」

 彼の唇が告げた。
 薄灯りのなか、なんとかわかる彼の顔も真剣な表情をしている。

「君がサインしてくれれば、今日にだって役所に提出する」

「無理強いはしない」

「俺は君が堕ちてくるのをずっと待ってる」

「堕ちてきたならば、逃しはしない」

 理人の声が、言葉が希空の心に降り積もっていく。
 だんだんと、肉食獣に足音を立てずに近寄られている気がするのは、どうしてだろう。

 食われる。
 骨も残さずに貪り尽くされる。
 
 でも、それを希空も。 
 否。
 希空自身が望んでいる。

 自ら彼の腕の中に飛び込んでいくのは、もうすぐ。

 彼を愛して彼に愛されて。
 ほかには何も残らないぐらいにむしゃぶり尽くされる。

 そして、身裡に彼の子供を宿す。
 それは想像ではなく、きっと遠くない未来。

「逃すつもりはない」
 
 理人は何度もこの言葉を口にする。

「希空は俺のものだ。そして俺は希空のもの」

 ふ、と柔らかく微笑んだ。

「今日、心も戸籍も俺のものにならなくていい。でも、希空を抱きたい」

 希空はふらふらと彼に近寄っていく。

「私も理人さんがほしい」

 両手を広げて待っている彼の元へ飛び込んでいく。

 体がふれあい、唇が重なりあう。
 理人は希空を抱き上げたままベッドへと進んでいく。

 はじめから相手の口腔内を貪りあう激しいキス。

 ベッドに理人は希空ごと倒れ込んだ。

 理人は上半身だけ起こし、希空を覗き込んできた。

「希空。ずっとこうしたかった」

 男と目が合う。

「私もです」

 二人は微笑み合うと、また体を重ねていく。

 あとは忙しなく動く手が。
 獣じみてきた短い呼吸と。
 女の甘い嬌声。
 男の懇願。
 淫らに寄り添い触れ合う体を。

 互いを高め、奪い合わせ高めさせ。
 果てを見ては、また抱き合い。

 夜が深くなるまでやむことはなかった。



 朝六時。
 希空はぱっちりと目が覚めた。
 また、窓際にいく。

「わあ……」

 窓の外に海と大桟橋が見えるのは、いつ見てもかっこいい。
 だが。 
 クシュン。
 希空はくしゃみをした。

「こら」

 のっそり起きてきた男が希空を羽交い締めにする。

「そこまで、前回と同じことをするんじゃない」

 希空をだき抱えてベッドに連れ戻す。
 理人の胸の中にしまい込まれた希空はぎゅ、と抱きついた。

「おはようございます」
「おはよ」

 目を合わせたあと、唇を合わせた。

「希空。今日はなにか予定ある?」
「ないです」

 ……本当は理人と会う前に洗濯や掃除をするつもりだったのだが、寝落ちしてしまった。
 ただ、寮の近くにはコインランドリーもあるから、帰ってから持っていけばいい。
 機械が乾燥までしてくれている間に部屋掃除はできる。

「だったら一緒に暮らす部屋を探しに行かないか?」

 恋人の誘いに、希空は目を輝かせた。

「いいですね! ……でも、場所はどこにしましょうか」

 住みたい街が決まらないと家探しは大変だ。

「ここ」

 理人の言葉が短すぎて、希空は一瞬理解できない。

「へ」

「ベリが丘でいいんじゃないか? 俺も飲み会で初めて訪れたが、空港関係者には利便性がいい」

 希空は改めて考えこむ。

「……たしかに」

 おしゃれだし、なにより空港まで電車で一本だ。
 住みたい街ではある。
 だが。

「……お高いんでは」

 理人なら問題ないが、自分のお財布には大問題だ。

「こら」

 きゅ、と鼻を摘まれる。
 ぶきゅ、とへんな声が出た。

「君のオトコの職業を言ってみたまえ」
「……パイロット様です」

「よし。だから家賃は俺がだす」
「ダメです!」

 どうして『だから』につながるのか。問いただそうとしたら、口封じとばかりにぶちゅ、と唇にキスされる。

「聴きたまえよ」
「……ふぁい」

 キスひとつでぐずぐずに溶けてしまいそうな自分に、経験値の低さを実感する。
 なのに相手は人をこんなに蕩けさせているのに涼しい顔だ。

「ずるい」

 睨んでも、涼しい顔をしている。 
 そればかりか、言い聞かせるような優しい表情をされる。
 ……本当にずるい。
 
「希空は今まで寮だった」
「……はい」

「これからは会社差し回しによる始発前の送迎バスが使えない」

 言われて気づいた。

「そうです、ね」

 どうしよう。
 ベリが丘の始発は何時だろうか。

「浮いた分はタクシー代として使うこと、いいね?」

 念を押される。
 始発がない場合はそれしかない。
 そして、多分自己都合で寮を出るからタクシーチケット代をもらえるかは不明だ。
 
 出勤したら、人事課に確認にしてみることにする。
 とりあえず、交通費が出なかった場合に備えて、恋人のお言葉に甘える。

「……ハイ」
「よし」

 満足そうな笑みを浮かべられてしまい、彼に全額負担してもらう罪悪感が薄れてしまう。
 彼に笑顔を浮かべてもらうためなら、なんでもできると思ってしまうのは惚れた弱みなのだろう。

「物件だが、駅近かつ安全な場所を数か所ピックアップしてある。で、間取りだが」

 理人がベッドサイドの携帯を引き寄せようと体を動かし、掛布がずれた。
 二人の上半身が見えてしまい、希空はギョッとした。

「あ、あの!」

 希空は慌てて口を挟む。

「なに?」

 理人があらためて希空を抱き寄せ、ちゅ、と頭にキスしてくれた。

 そう、この距離感が問題なのだ。
 希空達は生まれたままの姿で抱き合っているのだから。

「……あの。大事なお話なので服を着ませんか」

 おずおずと提案してみたが。

「やだ」

 即、拒否されてギュウウと抱きしめられる。
 嬉しいのだが。

「希空の肌がすべすべで、柔らかくて、暖かくて気持ちがいいのに。なんで離れなきゃならない?」

 男に頬を頭にすりすりされて、希空は眉をハの字にした。
 幸せそうな理人を間近でみられて、それこそ希空だって気持ちが舞い上がっているのだが。

「……確かに、理人さんの体に包まれていると、幸せで安心するんです」

 呟けば、すりすりの強さが増す。

「でも、不動産のお話をするには不適切といいますか」

「じゃあ、話は一旦やめて抱き合うか。俺はいつでも準備OK」

 ごり、と固くて熱いものを擦り付けられる。

「いや、そうではなくてですね……!」
「却下」
「聞いてくださいってば! ……ぁん」



 ……結局、話ができたのは。
 抱かれて蕩けさせられてくったりしたところを、なぜかウキウキした理人にお姫様だっこされてジャグジーバスに入れてもらい。
 そこでキスされまくって、なぜかもう一度イタしてしまい。

 彼の膝に乗せられて、バスローブ姿でルームサービスの朝食を食べているときだった。

「子供ができたあたりで家を建てるとして、最初は賃貸でいいか」

「……そうですね」

 希空はぐったりと男の体にもたれかかったまま、ようやくつぶやく。

 今日が休みでよかった。
 これが中番出勤だったら、湿布を貼りまくった上に腰痛ベルトを巻かねばならないところだ。

「ベッドはキングサイズのトールサイズとして、それが余裕で入る間取り」

「……そう、ですね」

 恋人だけでなく自分もジャイアントである。うつ伏せになると、布団から足がはみ出る。

「こら。ちゃんと真剣に聞け」

 ちゅ、とひたいにキスを落とされる。

「聞いてます」

 ただ、壮絶に体がだるいだけだ。
 自分も体力自慢だと思っているが、パイロットの体力を舐めていた。

 海外フライトだと、自動操縦と交代要員がいるとはいえ、十数時間巨体を空に飛ばし続けるのだ。
 集中力が要求される。
 そんな仕事をしている男が、体力がないわけがなかった。

 ミカに聞いた所、とくに理人は時差ボケ解消を防ぐ意味合いも兼ねて、海外でのステイ一日目は大抵筋トレとランニングをしているという。
 
「間取りは1LDKでもいいかな」

「ダメです。少なくとも二部屋ないと」

 希空はそこだけキッパリと言い切る。

「……俺はミカでも泊めるつもりない。君のご家族が来られたらホテルを手配する」

 理人が不機嫌になる。

「違います。お互いに不規則じゃないですか。理人さんが寝ているとき、邪魔したくないから私は別室で」

「却下」

 最後まで言わせてもらえなかった。

「希空を抱きしめてるとよく眠れる。俺の安眠を奪わないでくれ」

 世の中に、恋人にそんなことを言われて断れる女がいるのだろうか。

「……わかりました」
「ありがとう」

 しかも嬉しそうに礼を言われて、あごを持ち上げられて唇にキスまでされる。

「私も嬉しいです」

「こら。頬を染めて、そんなことを言うんじゃない。また、ガッツきたくなるだろう」

「も、もう勘弁してください!」

 無理。これ以上は寝たきり確定になる。

「わかってる。十二時にはチェックアウトアウトしなければならないし、非常に残念だが夕飯を食べ終えたら希空を送ってくから」

「え」

 希空は彼を見上げた。

「家に帰って家事をしたいんだろう?」

 ……理人を大好きだと思うのは、こんな瞬間だ。

「希空が仕事でなければ、泊まらせてもらうことも考えたんだけど。……君を前にして、抱かない自信がないから」

 愛おしそうに言われる。
 湧き上がる彼への想いに耐えかねて、希空は理人に抱きつくしかできなかった。
 
「誘惑するんじゃないよ。こっちは必死で我慢してるんだからな」

 理人に苦笑された。
 ……しばらく。二人は荒ぶる衝動を抑えるため、無言で食事をかきこんだ。
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