「恋愛ごっこ」が可愛く変身したら本当の恋愛になった!

第4話 『恋愛ごっこ』の2回目にサンドイッチを作って持っていってみた!

次月の最終土曜日の週の木曜日の昼休み、先輩へ2回目の「恋愛ごっこ」の場所と時間のメールを入れた。

[土曜日午後1時に上野の国立科学博物館の入り口に集合、博物館見学後に動物園へ]

すぐに[了解]の返信が入った。

私はあれから会社の廊下で先輩とすれ違うことが何度かあった。いつもなら「先輩調子どうですか?」とか言って馴れ馴れしく声をかけるところが、先輩の顔をジッと見つめるだけで、声をかけられなくなった。それでよそよそしく早々にすれ違うようになった。

先輩もいつもならば「頑張っている?」と声をかけるところが、あれから声をかけなくなった。二人ともなぜかいつもと違う。お互いに意識するようになったから? どうしてだろう?

それで昼食時に食堂で工藤さんを見つけたので、食事の後でそっとそのことを相談してみた。

工藤さんによると、付き合い始めると二人だけで話をしているから、会社では話をしなくなるし、する必要がないという。それと目立たないように話をしなくなるということだった。

そんなものなの? 私たちはもう付き合っているの? ただ、「恋愛ごっこ」をそれもたった1回しただけなのに、もう付き合っているような二人になっている? 考えすぎかな?

◆ ◆ ◆
待ち合わせの時間の35分も前に到着した。待ち合わせ場所が遠くなると乗り換え時間などかかる時間の誤差が大きくなるので、遅れてはいけないとかなり余裕をもって出かけてきた。

まだ、先輩は着いていない。時間の余裕があるのであたりを見回ってみることにした。国立科学博物館は確認した。近くに東京国立博物館があった。それと国立西洋美術館があった。それからまだ時間があったので上野動物園まで行ってみた。入り口を確認したので戻ってきた。

国立科学博物館の前に先輩が待っているのが見えた。それで手を振ると私だと気づいてくれたようで、嬉しそうに手を振ってくれている。

今日の私は白いレースのワンピースを着ている。そしてヒールの少し高めの白い靴を履いてきた。

「ずいぶん早く着いてしまったので、このあたりを見て回っていました。ここへ来るのは初めてなので」

「この前も時間より早く着いたみたいだけど」

「私、人を待たせるのは嫌いです。もちろん待たされることも好きではありません。だって、時間は大切にしないと」

「同感だ。ところでどこを見てまわっていたの?」

「東京国立博物館と国立西洋美術館、それと後で行く動物園の入り口まで行って確かめてきました。ここからはそんなに遠くはありません」

「初めてここへ来たんだね。僕は上京した時に東京見物の一環としてここへ来た。国立科学博物館と東京国立博物館を見学したことがある。でも動物園には行っていない」

「じゃあ、動物園だけにしますか?」

「いや、上野さんも理系だろう。国立科学博物館は見ておいた方がよい。僕は1回見ているけど内容はほとんど覚えていないから、もう一度見ておきたい」

二人は入場券を買って中へ入った。はじめに日本館、次に地球館を見て回った。先輩は以前に来た時とは展示が変わっているといって丁寧に見ていた。私は特に地球館を熱心に見た。歩き疲れるとときどきベンチに腰掛けて休み休み見て回った。

3時過ぎに出てきた。喉が渇いたので、先輩は自働販売機で缶コーヒーを買ってきた。その間に私はベンチで持ってきた包みを開いて待っていた。

「途中でお腹が減ると思って、サンドイッチを作ってきました。動物園に行く前に食べて元気をつけましょう」

「ありがとう。おいしそうだ」

サンドイッチはハムとレタスのサンドと卵サンドの2種類。パンの耳はついたままで、縦長に2つに切ってある。それぞれラップに包んで食べやすいようにしている。先輩はそれを喜んで食べてくれた。

「このサンドイッチ、どれもとってもおいしいね」

「溝の口に卵サンドのおいしいお店があって、時々買って帰っています。その味を再現しようと何回か作って研究しました。今日はまずまずの出来です。おいしいと言ってもらえてよかった」

「確かに、この卵サンドはおいしい。研究熱心なんだね」

先輩が私を優しく見てくれている。その目を感じながら私は後片付けをする。ベンチの下にゴミが落ちていたので一緒に片付ける。

「誰だろう、後片付けをしない人がいるね。困ったものだ」

「そうですね。こういう人もいるのですね。私、以前はこういう人を見ると注意することもありましたけど、今はしないですね」

「どうして?」

「注意して分かる人は最初からこういうことはしないと思います。そういうことをする人に注意しても、無視されるか、反論されたり絡まれたりすることもあり得ます」

「そういう人は痛い目に合わないと分からないのかもしれないね」

「そういう人はきっと痛い目にあっても分からないと思います」

「あり得る。僕も何度も痛い目にあっているのに直せないことがある」

「どういういう痛い目か分かりませんが、先輩なら1回でも痛い目に合えばもう2度としないでしょう」

「そうでもないかもしれない。性格というか性根というものはそう簡単に変えられないと思っている。だから、気が付いたら、何でも注意してほしい。直すから、いや直そうと努力するから」

「先輩にはそういうところはないと思いますが」

「いやいやいっぱいあるんだ。まだ気がつかないだけだと思う」

「ずいぶん、謙虚なんですね」

「いつも謙虚にと思っている。謙虚だけが取り柄かもしれない」

「でも、謙虚、謙虚と自分で言うのもどうかと思いますが」

「まさに、そこなんだ。参ったな。動物園へ行ってみようか?」

二人は手を繋いで歩き出した。動物園にはすぐに着いた。まず東園を見て回る。ゴリラやゾウなどを見て回った。それからモノレールで東園駅から西園駅へ向かった。窓から不忍池が見える。

西園を見て回ると不気味な大きな鳥がいた。全く動かない。生きているのか? まるで剥製みたいだ。頭が大きくて眼が不気味だ。私は怖がった振りをして先輩に身体を寄せてみる。先輩はまんざらでもないみたい。こういうチャンスは大事にしないといけない。

名前を確かめると「ハシビロコウ」だった。

「動かないけど生きているのかしら?」

「そういえば以前テレビで見たことがある。ああして動かないで獲物が近づくのを待っていて首を伸ばして素早く狩りをする鳥だった。ただ、実物を見るのは初めてだけど、怖そうだね」

二人が見ている間、ハシビロコウは少しも動かなかった。離れておそるおそる見ていたが、動く気配がないので、あきらめてこれで帰ることにした。

「あの鳥、何を考えてあんなに静かに待っていられるのでしょうか?」

「分からない。きっと身体が大きいからエネルギーの消耗を控えて狩りをする方法を見つけたんだろうな。それにあんな大きな身体では敏捷に動いて獲物を追いかけられないだろうし」

「先輩の推理はきっと合っていると思います。自然界ではそれぞれ身の丈に合った最善の方法を探して生きているんですね」

「弱肉強食だけど強いものでも自然界で生き抜いていくのは大変だ。人間の世界でも同じだけどね」

「私は一人ですけど、先輩を始めいろいろな人に助けられて生きています。動物と人間の違いでしょうか」

「いや群れを作る動物もやはり助け合って生きている。でもね、一人で生きていくという気概は大事だと思う。上野さんがそう思っているように」

「私には一人で生きていくという気概があるというのですか?」

「ああ、そう感じている」

「あの鳥はきっと群れは作らないで、いつもは1羽で生きているのだと思います。先輩のように強い動物は群れを作らなくても生きていけるから」

「僕が強い?」

「ええ、先輩を見ているとそう思います」

「人は一人で生まれてきて、一人で死んでいく。人は孤独なものだと思っている。誰も助けてくれない。誰にも助けを求められない。そう考えることで、僕は人に頼るとかという思いがなくなった。だから、そう見えるだけだ」

「私も一人になって、人は孤独なもので、その寂しさが分かったので、人を大切にして、優しくできるようになったように思います。それにほんの僅かな繋がりであっても、人との繋がりを大切にしなければならないと思うようになりました」

「僕と考え方が似ているね」

二人は池之端口から千代田線根津駅まで話しながら歩いた。夕食を誘われた。せっかくだから大井町のおいしい食堂へ一緒に行きたかったけどあきらめた。

もう歩き疲れて足が痛くなっていたので、早く家へ帰って休みたいと先輩にお願いした。それでこのまま帰ることになった。

私は疲れてしまっていたので、電車で眠っていた。先輩は下りるときに私を揺り起こして立っているように忠告してくれた。私は立って先輩を見送って、そのまま立って梶ヶ谷で降りた。座っていたら、きっと眠ってしまって終点まで行っていたと思う。

私が家へ着いてまもなく先輩から電話が入った。

「無事、家へ着いた? 乗り過ごしたのではないかと心配だから電話を入れたけど、大丈夫? 今日はずいぶん歩いたから疲れたんだろう」

「ご心配かけました。大丈夫です。無事帰宅しました。せっかく夕食を誘ってくださったのに申し訳ありませんでした」

「次回は疲れないところにしよう」

「はい、考えてみます。楽しみにしています」

今回は靴で失敗してせっかくの食事の機会を失ってしまった。おしゃれもほどほどにして臨機応変が大切だと思った。今度はスニーカーにしよう。
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