プラトニックな事実婚から始めませんか?
プロポーズ
***


 会いたい。

 たったそれだけのメールが啓介から届いたのは、あの日から二週間が過ぎた雨の日だった。

 よりによって今日も残業で、仕事を終えると、レストランこもれびへとまっしぐらに走った。足元で水しぶきがあがり、パンプスに泥が跳ねる。今日は雨予報だったけど、こんなにまとまった雨が降るなんて聞いてない。

 こもれびに飛び込む。薄手のコートはびしょ濡れで、入り口でハンカチを取り出していると、先に来ていた啓介が心配したのか、席を離れて来てくれる。

「ごめん、急に呼び出して」
「ううん、全然。啓介は濡れなかった?」
「俺が来た時はあんまり降ってなかったから。ハンガー借りれるか聞いてくるよ」
「大丈夫だよ」

 そう言うのに、啓介はカウンターへ近づくと、店員に手振り身振りでコートが濡れているのを告げ、ハンガーを借りてくれる。

 大人しそうな彼だけど、こんなふうな行動力と優しさを見せてくれるんだと思いながら、いつもの席に移動して、私たちはコーヒーを注文した。

「何か食べる?」
「啓介は?」
「返事次第で、食べようと思う」

 情けなさそうな笑顔で、啓介はそう言った。

 どうしてそんな顔をするのだろうと思ったけれど、ふられてまで長居したくはないだろうと思い直す。

 私は迷って、メニューに伸ばした手を引っ込める。それだけで、落胆を見せる彼に私は言う。

「私ね、近いうちに引っ越そうと思ってるの」
「えっ、引っ越し? なんでまた」

 いきなり本題を切り出されると思っていたのだろう。全然違う話をしたからか、拍子抜けしたように、啓介はぽかんとする。
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