十回目のお見合いは、麗しの伯爵令息がお相手です。
「ど、どちらへ?」
「俺の部屋だ」
「カミロ様の部屋!?」
「ああ、少し寝ろ」

 流されるままに、フィーナはカミロの私室へと足を踏み入れてしまった。
 トルメンタ伯爵家でもう十二年世話になっているが、一度も立ち入ったことの無い未知の部屋だった。落ち着いた色合いで統一されたシンプルな内装は、カミロらしい部屋とも言える。
 部屋の奥には、大きすぎるくらいのベッドがあった。もちろん、カミロが毎日寝起きしている、カミロによるカミロの為のベッドだ。

「えっ……私にこちらで寝ろと仰るのです……?」
「ああ。皆には伝えておくから、ここで寝ていろ」
「いえ、大丈夫です! 私は掃除に戻ります!」
「無理をするな。そもそもお前は、掃除などしなくて構わない」

 決して無理なんてしていない。むしろ誰かに見つかる前に、一刻も早くここから出たい。なのに、フィーナはカミロの手によって強引にベッドへと寝かされる。

「だったら、私は自分の部屋で寝ます! ここはカミロ様のお部屋なので」
「こちらの方が近い。遠慮するな」
「だから、遠慮している訳ではなくてですね! 本当に駄目なんです。私なんかがカミロ様のベッドで寝るなんて、叱られてしまいます」
「叱る者などいるものか。お前は俺の見合い相手だ。俺には、お前を守る義務がある」
「ええ……?」

 逃げようとするフィーナをベッドへと押し込みながら、カミロは淡々と訳の分からない主張を口にする。
 彼は、一介の居候であるフィーナのことを『見合い相手だから』と特別に扱うことにしたようだ。昨日見合いをしただけなのに、なぜ急にそんな義務感が芽生えてしまっているのだろう……

 フィーナの寝不足な頭は、もう限界を迎えていた。カミロという大きすぎる存在が、理解の範疇を超えて自分に構ってくるものだから。
 その上、身体が吸いつくように寝心地の良いベッド。寝不足二日目の、まどろむまぶた。思考は遠のいて、視界は徐々にぼやけてゆく。

「おやすみ」

 追い打ちをかけるように、カミロのやわらかい声が耳に響く。
 思考能力の無くなったフィーナの頭は、それをすんなりと受け止めてしまった。

 (カミロ様って……こんなやさしい声、出せるんだ……)

 彼の声を合図に、頭の中でせわしなく動いていた思考がぷつりと停止した。そして身体が望むままにまぶたを閉じると、フィーナは意識を失ったように眠りについたのだった。
 




 
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