十回目のお見合いは、麗しの伯爵令息がお相手です。
「ここなら仲も深まるだろうと……安易に考えていたんですよね、私。馬鹿でした」

 また、心に何かが引っかかった。

「お前は、花畑で『仲を深めたかった』のか」
「そ、そうです」
「そうか」

 フィーナは九人目の男と、この恋人だらけの場所で仲を深めたかったのだ。それを聞いたカミロの心には、やはりざわざわと影が落ちる。
 しかし、今の縁談相手はカミロだ。フィーナが仲を深める相手は、カミロなのだ。

「ではフィーナ、仲を深めよう」

 カミロは、彼女へと手を差し出した。
 これは仲を深めるために有効なはずであった。以前フィーナが言っていた『スキンシップ』である。次の見合い相手とは、スキンシップを図ると言っていた。ならば、それは相手がカミロであったとしても成されるべきだろう。

「まさか……手を繋ぐおつもりで?」
「そうだが」
「カミロ様が、私と?」
「スキンシップ、有効なのだろう」

 多少、強引な自覚はあった。なにをこれほどムキになっているのかと。しかし差し出した手を今更引く訳にもいかず、カミロは彼女の手を待った。

 フィーナは恥ずかしいのだろう、辺りを見回し戸惑っている。しかし周りは、手を繋いで歩く恋人達ばかり。彼女は意を決したように……慣れない素振りでカミロが差し出した手を取った。

 重ねられた手は小さくて。そんな小さな彼女の手が、遠慮がちにカミロの手を握り返す。
 
 途端──ぶわりと、胸が歓喜の波に攫われた。

 カミロはカミロで無くなってしまった。
 彼女の手を握った、その瞬間から。



 意識はすべてつないだ手にもっていかれてしまって、カミロの思考能力は消し飛んで。かろうじて、連日学習した花の知識だけが残っていて、情けない口からは延々と花の名前が漏れ出てゆく。ぽかんとするフィーナを前になにを喋っているのだと思いながらも、平常心を保てない彼の口は花のうんちく話を止められない。

 そんな情緒不安定なカミロの話に相槌を打ちながら、フィーナはマイペースに隣を歩いた。時々、気遣わしげにカミロの横顔を見上げながら。

 二人のあとには並び歩く影が伸びる。
 恋人だらけの花畑に、二人はいつの間にか溶け込んだ。
 まるで仲睦まじい恋人のように。
 

【完】
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