憧れと結婚〜田舎令嬢エマの幸福な事情〜

13、贈り物と親切と

 母と妹の意見に押され、ダイアナも贈り物を受け取ることを了承した。これらを返却することは、ハミルトン氏の厚意を踏み躙ることになることはよくわかっていた。

 母が丁重に礼状を書くことで落ち着いた。

 そうなると、気になるのは未開封の包みたちだ。本は措き、開いていく。母娘それぞれに大判のショールが入っていた。美しい品々で、三人とも目が吸い付いた。

 可憐な房飾りをあしらった上質なそれは、手持ちのドレスに合い華やかにしてくれそうだ。

 他の箱には、アシェルへの仕掛けおもちゃと乗馬ブーツが入っていた。

「随分と気前のいい方ね」

 数々の品に母もため息をもらす。早速礼状を書くと言う母へ、ダイアナが頼み事をする。

「これ以上の贈り物は固くご遠慮すると、必ず付け加えてね。お願いよ」

「もうないわよ。今回はちょっとした気まぐれを起こされただけよ。お嬢さんにせがまれたのかもしれない」

「お母様、お願いだから、書くと約束して」

 母が鷹揚に頷いた。書物机に向かったその背を気がかりそうに見つめている。

 ダイアナのいつにない慌てた様子に、エマが腕を引いた。外へ促す。

「わたしたちがいたら、お母様も手紙に集中できないわ」

 姉は何も言わずにエマと共に庭に出た。

 雇い主から高価な贈り物がたくさん届けられ、姉が仰天するのはわかる。過剰な贈り物をこれ以上は固辞したい気持ちも納得がいく。

 でも、裕福な紳士だ。以前は、ダイアナが自由に使えるようにと、新たに専用のピアノを購入してくれたような人物でもある。

 今回の贈り物はその延長にあるもので、ハミルトン氏にとって負担のない範囲の行いなのだろう。

 そうであるのに、ダイアナの様子は少し取り乱して見えた。

 もし、姉とエマの立場を入れ替え、エマがこの厚意を受けたのであったとする。その時ダイアナはが口にしそうなのは、こうだ。

「今回だけはありがたくご厚意を頂戴したらどう? 次回からはご辞退しますという方が角が立たないわ。善意でして下さったことなのだし」。

(なのに、違う)

 相手の体面も考えず親切を拒むのは、全く姉らしくない。それは、ダイアナの側に受け取り難い何かがあったからなのではないか。

(ハミルトンさんとダイアナの間に何があったの?)

 花が植えられている辺りを歩いた。

「本以外はお嬢さん方が選んだと書いてあったけれど、違うわね。おもちゃも乗馬ブーツも、男性のハミルトンさんご本人が考えて選んで下さった物ね」

「……ショールはきっと違うわ。房飾りが大好きなの、ジュリアもアメリアも」

「そう。とってもセンスがいいわ。色もデザインも素敵。舞踏会に行く時はあれを使いましょう」

「あのね……」

 それきりダイアナは言葉を切った。エマは急かさず、続きを待った。手近の草をちぎり、何となく空で振った。

 幾らかの後で、ダイアナが腕を抱きながら話し出す。

「ハミルトンさんが、アシェルに援助をして下さると言うの」

「え」

「男の子は大学に入る前に、予備教育を受ける学校に通うのが、都市の流行らしいの。ミドルスクールとおっしゃっていたわ。そこでの推薦があれば、希望の大学にも進学が容易らしいわ」

 ハミルトン氏の説明によれば、紳士の養成機関の要素もあり、ここを出ているのとそうでないのとでは、大学に進学した際に差がつくのだという。

「学問にも有利だし、その後の人間関係にも作用するらしいの。知己が増えるから、交際も円滑なのですって」

「援助というのは?」

「裕福な子弟の集う学校で、費用が高いの。それを支払えるというのも、信用なのだそうよ。その費用をハミルトンさんが全て出して下さるというの。下宿の面倒も見るとおっしゃるわ」

 そこでダイアナは軽く首を振った。もらった提案を持て余しているようだった。今回の贈り物が霞むような過大な申し出だ。

「この先軍人を目指すのでなければ、アシェルにぜひ勧めたいのだそうよ」

「でも、そんな大きな援助は流石に……」

 エマの言葉にダイアナも頷く。何度も。

「ありがたいけれど、家族として、とてもお受け出来ないわ。他人の方なのに。もちろん、その場でお断りしたのよ。けれど、それはわたしが決めていいことではないと返されてしまって……」

 それで、さっきの贈り物の態度につながるのか。エマは深く納得した。

 高価な贈り物を目にし、再び申し出を突きつけられた気分だったのかもしれない。おそらく母へ打ち明けも出来ずにいたはずだ。姉が狼狽えるのも無理ない。

 同時に、ハミルトン氏のダイアナへの紛れもない好意を感じた。

 親切で寛容な人物なのはわかる。気前もいい。しかし、会ったこともない少年の将来を憂えて、そこまでの援助を申し出るのは異様だ。ダイアナの弟だからの申し出に違いない。

(全てがつながるわ)

 細くため息を吐く姉に、エマが問う。

「お母様には?」

「まだ、何も。何と言っていいのかもわからない…」

「お母様の立場なら、お断りするわよね」

「ええ、きっと」

 魅力的な申し出だ。氏の言葉通りなら、アシェルの将来のきっと糧になる。

 断るのは容易い。しかし、それはアシェルの大きな機会を潰してしまうことでもある。

(そこに気づくからダイアナも迷って、お母様にも言えず、答えを先送りしているのだわ)

 記憶に疎いが、キースも大学入学前に邸を出ていたような気がする。もしかしたら、そういったミドルスクールに通ったのかもしれない。

(きっとレオもそうね)

 そこからの友人関係なら、きっと信用は深いはず。互いの邸を訪ね合い、長く滞在するなど家族を交えた交際が出来るのも納得がいく。

「資産家の方こそ保守的らしいわ。コミュニティーも案外狭い。どこそこのミドルスクール出身というのが、紳士方の会合などでは名刺代わりにもなるのだそうよ」

「田舎で言えば、属している教誨師館を名乗るようなものかしらね。わかり易いわ」

「そうかも」

 ダイアナはふふっと笑った。

「ハミルトンさんご自身は士官学校に進まれたというわ。もちろん敬意は受けるけれど、ミドルスクール出身者に囲まれたら、ちょっぴり居心地が悪いそうよ。「つい軍人上がりを探してしまう」なんておっしゃっていたもの」

 エマは微笑みながら、姉の表情を眺めた。はにかんで、ちょっと嬉しげですらある。姉を好きなキースのことを話していても、こんな心の内が滲むような顔は見せたことがない。

(ハミルトンさんの話をするのが楽しいみたい)

「早くあなたに話したら良かった。何だか肩の荷が下りたようよ」

「どうお返事するにせよ、お母様には話さないと」

「側にいてね」

「ええ」
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