憧れと結婚〜田舎令嬢エマの幸福な事情〜

44、ダイアナの手紙

 アシェルの体調は日毎に良くなり、外で遊べるようにまでなった。エマの日々は変わりないが、静かな地域に陸軍の連隊が近くで駐屯し始めて、少しばかり賑わいでいる。

 庭でエヴィとふざけ合う弟を見ていたエマは、木陰に腰を下ろした。頬に触れかかる髪を耳に描きやりながら手紙を開く。ダイアナから今朝届いたものだ。

 アシェルの面倒や母との家事の相談、針仕事などあり、ようやく昼下がりに目を通すことが出来る。

 便箋がびっしりと文字に埋まっている。アシェルの様子を尋ね、快復を喜ぶ言葉が繰り返し続いた。それが終われば、彼女も知りたかかったハミルトン家の近況が綴られていく。


『レオの来訪を聞いて、フィッツは大層驚いていたの。
 面識はもちろん、そもそも存在もご存知ないのですもの。

 けれど、きちんと彼はお母様の紹介状を持っていらした。
 フィッツもお会いになったわ。

 二人だけでお話になって、後、わたしも呼ばれたわ。
 レオはとても素敵な方ね。

 初めてお目にかかったけど、あなたが夢中になるのも無理ないわ。
 大変な名家の方なのに偉ぶった態度もなく、
 わたしにも親切に接して下さったのよ……』


 そこまでを読み、エマは頬を赤らめた。そして過去をちょっと振り返る。初対面のレオは決して気さくな様子ではない。貴公子然とした雰囲気のつっけんどんな物腰だった。その後、彼女と親しくなり、内に入れてくれるようになったけれども。

(誰も彼もに笑顔を振り巻く人では絶対になかったわ。ベルだって、愛想は悪かったとこっそり苦言をもらしていたもの)

 驕った人ではない。しかし、名家出身の尊大さはあったはず。そんな性質の尖った部分がなりを潜めたのは、叔父の問題のためだろう。

 家を守るために、周囲からの過剰な流言蜚語を産まないように、自身の態度を深く内省したのを彼女は思う。

 叔父の失踪から捜索、その後の家庭内の決着までの流れは、彼を精神的にきっと追い詰めた。

(それらを乗り越えて、レオはより男性として大人になった)

 気楽な貴公子の彼に恋をして、彼女は気持ちも時間も振り回されてきた。けれど、それを通して自分も成長があったらいいと願う。

 思った彼を信じて、寄り添い、生きていく強さ。それらの基礎が備わったのだとしたら、彼を待った期間の心の葛藤も意味がある。


『フィッツはレオに好印象を持たれたようよ。
 お二人が何を話したかは、詳しくまでうかがっていないわ。

 レオのお身内の方の件は教わったのだけれど、難しい問題ね。
 誰も悪くないのに、物事が嫌な方に行ってしまうのは、やり切れないわ。

 レオのご家族の心の平安をお祈りするばかりよ。

 わたしも彼とお話をしたの。
 あなたのことを聞かれたから、思いつくままを教えておいたわよ。

 別れた間も、ずっと彼に一途だったこと。
 忘れられずに苦しんでいたこともお伝えしたわ。
 
 どうしてか、リュークさんのこともご存知だったから、驚いたわ。
 オリヴィアがお耳に入れたのかしら? 

 少しお気になさっていらしたよう。
 ご縁がなかったことをはっきりと申し上げておいたから、安心してね…』

(「怒っていないよ」と言ってくれていたのに)

 エマは読みながら唇を噛んだ。

 しかし、仮に、会えずにいた間に、彼の側にそういった女性の存在があれば、自分はどうだろう。些細なきっかけで婚約に至りそうな、親しい誰がいたとしたら……。

(実際、レオが婚約したと耳にし、胸が潰れそうに思ったもの)

 彼だって内面穏やかではなかったのかもしれない。しかし冷静な表情で、責めずに彼女を許してくれた。その思いやりは今も胸に沁みる。


『レオは一晩泊まり、翌朝お帰りになったわ。

 噂って、真実を呑み込んでまるで違った風にふくれ上がるでしょう。
 恐ろしいわ。それによるジュリアとアメリアへの影響もないとは言えない。
 レオはそれにも触れたようよ。目配りの利く方ね。

 でも、フィッツはこうおっしゃったの。
「こちらは気にせず、毅然としていてほしい」と。
「エマは大事な妹だから」ともおっしゃたわ。

 わたし、嬉しくて泣いてしまったの。ありがたいわ。
 レオも感謝を述べていらした。

 あなたから聞いていた彼は、ただただ爽やかな紳士の印象だったけれど、お会いすると違うわ。
 実のある本当に素敵な男性ね。

 彼がお帰りになって、フィッツは言うの。
「話して、頼み甲斐のある男だよ」。
「エマに相当惚れているのがわかるよ」とまで。

 わたしもそう思うわ。レオは真実あなたを思っているわ。
 そうでなければ、敢えてハミルトン家まで釈明の労を取ったりなさらないわ。

 レオにも、そしてフィッツにも感謝したい気持ちでいっぱいよ…』

 思わず、頬を押さえた。安堵と嬉しさがわっと心を巡った。ハミルトン氏の反応は彼女にとって、いささか不安だった。しかし、レオの事情を色眼鏡で見ることはせず、ひどく寛大だ。

 それはハミルトン氏の性質だけによらない。必ず、ダイアナへの深い愛情も理由になっている。

 ダイアナが伝えるように、感謝を忘れてはいけないと思った。

(レオにも、フィッツも)

 姉の手紙はその後、しばらく続き、じき会えることを楽しみにしていると述べ終わった。読んで、便箋を胸に押し当てるほど嬉しさの詰まった知らせだった。

 エマへ宛ててのものだが、母にも伝えなくては。彼女は腰を上げた。庭を走るアシェルとエヴィに声をかけた。

「お茶にしましょう。お母様がきっとお待ちよ」
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