泣き虫の凛ちゃんがヤクザになっていた
「ねえ、凛ちゃん、一体どうしたの?」
 どこかへ車を走らせる凛ちゃんに対して、私はそう問いかけた。
「どうした、って……、逃げてるんだよ」
「えっ、逃げるって……」
「石井を撃った奴からだよ!」
 凛ちゃんは苛立ったように声を荒げる。
 どうやら凛ちゃんは、あのミニバンの運転手が犯人であると確信しているようだ。
 
「で、でも、警察の人が守ってくれるって……。早く逮捕してもらうために、今から通報したほうがいいんじゃ……」
 犯人に追われているからと言って、別に私たちが独断で逃げる必要なんてないはずだ。
 そう言えば、浅田さんはどうした?
 先ほど和住さんが車を猛スピードで走らせたせいで、私のことを見失ったのではないか?
「サツなんか信用できるかよ」
 凛ちゃんはそう吐き捨てる。
 凛ちゃんの顔は、かなり焦っているように見える。
 私は凛ちゃんの態度を見て、彼が私を警察からも遠ざけようとしていると感じた。
 なぜだ?凛ちゃんはヤクザだから、警察を嫌っているのだろうか。だから、私を警察から遠ざけようとしている?

「ねえ、どうしてあの駐車場にいたの?凛ちゃん、私たちが来る前にはあそこにいたよね?」
 私は和住さんが逃げ込んだ駐車場に、凛ちゃんがいたことに疑問を抱いていた。
 和住さんの車が停まってから凛ちゃんが現れるまで、二、三分も掛からなかった。おそらく私たちが来る前には、既に凛ちゃんはあそこにいたはずだ。
 まるで犯人が私を追って、和住さんがあそこに逃げるのを事前に知っていたようだ。
 いや、そもそも凛ちゃんと和住さんは、事前にあそこで合流すると決めていたのではないか。
「……お前には関係ない」
 凛ちゃんは明らかに何かを隠している。
 
「……ねえ、やっぱり通報したほうがいいんじゃ――」
「うるさい!黙ってろ!」
 凛ちゃんの怒鳴り声に、私はビクッと身体を震わせて息を呑んだ。
 車内にはピンと張りつめた空気が流れ、私は唇を噛みしめながら俯いた。

 どうして凛ちゃんは隠し事をするのだろうか。
 私には言えない事情があるのだろうか。
 さまざまなことを考えては、私は胸の苦しさと孤独を感じた。

「――ごめん」

 運転席から、か細くて弱々しく、絞り出すような声が聞こえてきた。――まるで、子供の頃の凛ちゃんの声のようだ。
 私がハッとして凛ちゃんのほうを見ると、彼の苦しそうな横顔が目に入った。
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