At Seventeen 〜ジャニス・イアンに涙したあの子〜
「もしかして、高校で同じクラスだった中原さん…?」
都内某所のコンタクト店併設の眼科で会計をしていた時、受付の女性に問われ、戸惑ってしまった。
確かに私は、かつて「中原さん」と呼ばれていたが、今はもう苗字が違うし、目の前の人が誰なのか、思い出せない。
「あ…ごめんなさい。私のことなんて覚えてないわよね。山口聡美っていうんだけど…」
「えっ、山口さん?覚えてるよ。ずいぶん久しぶりじゃない!」
彼女は、あまりにも雰囲気が変わっており、全く気付かなかった。
高校卒業から約10年の歳月が流れ、互いに27歳になったものの、彼女はあの頃、私に何とも言えないインパクトを残していた。
高校時代、確かに山口さんは目立つ存在とは言えなかった。
一方、私は私で、露骨にクラスで浮いていて、お互いに孤立した者同士、といったところだろう。
私も、目立たないタイプだったはずが、当時、気まぐれで応募したのど自慢でグランプリになり、一時的に有名になった。
しかし、その後も私が高校で浮いていたことに変わりはない。
寧ろ、いわゆる陰キャでありながら、悪目立ちするようなことをして、単に同級生らの反感を買っただけとも言えよう。
私は、田舎とは一刻も早く決別したいと思っていたので、大学進学で上京して以来、殆ど帰省したことすらない。
あれは、高校3年生の、まもなく自由登校の時期に入る直前のこと。
当時の担任が、趣味のようなもので、どんなことでもいいから自主発表を一人一人に課していた。
完全なフリースタイルということもあり、私は、ジャニス・イアンの【At Seventeen】をラジカセで流しながら、自分流に和訳をしたものを発表した。
大半の生徒が、明らかにどうでもよさそうにしていた中、一人だけ…普段から目立たない少女だけが、肩を震わせ俯いていたのが視界に入ったのはよく覚えている。
彼女が、山口聡美だった。
その日の放課後、私が職員室で担任と進学先に関する話し合いを済ませ、教室に戻ると、山口聡美がひとり、机に突っ伏して居た。
「どうしたの?」
私が声を掛けると、彼女はビクリとして顔を上げた。その頬は濡れており、目は真っ赤だ。
「ちょっと…大丈夫!?」
そう尋ねたが、
「なんでもない…!」
またしても、机に突っ伏してしまった。
「なんでもないって言われても…気になるじゃない」
彼女は暫くそのまま黙って居たが、
「そういえば…授業で私が発表した時にも、俯いてたよね?」
私がそう尋ねると、彼女は机に突っ伏したまま、
「中原さんみたいに目立つ人に、私の気持ちなんてわからない…」
思いがけない言葉に、私は戸惑ってしまった。
「私は決して目立たないと思うけど?友達だって居ないし」
「本気でそう言ってるの?私、あなたが教えてくれたあの歌…訳が上手かったのもあるかもしれないけど、凄く哀しくなったんだから」
あの歌とは…ジャニス・イアンの【At Seventeen】のことだろう。
「誰かを哀しませるつもりなんて全然なかったよ。哀しませたなら悪かったけど…だけど、何がそんなに哀しいわけ?」
若さゆえに、思わずデリカシーのない質問をしてしまった。
「決まってるじゃない。日本の高校にはプロムなんてないからまだ助かったけど…もし、そんなものがあれば、まさに私は誰にも選ばれない惨めな女の子だからよ…」
特に意味もなく発表したことが、何の罪もない一人の少女をこんなに哀しませたとは。
しかし、ここで謝るのは、なにか違う気がした。
私はため息をつくと、
「ねぇ。知ってる?」
「何を…?」
「ジャニス・イアンって、モテない少女の歌詞を書いたけどさ。プライベートでは、異性と2回結婚して、3度目の結婚は女同士なんだって。かなり華やかよね」
そう言うと、その細い肩の震えはピタリと止まった。
「あんたさぁ…かなりのペシミストみたいだけど、未来がどうなるかなんて、わからないよ?それこそ、まだ17歳じゃない」
それが、私たちのたった一度きりの会話だった。
クラスでも目立たない二人の少女の、なんてことのない会話。
しかし、私は目立ちたがりのクラスメイトのことは、顔も名前も記憶にないが、一人で泣いていた彼女のことだけは、鮮明に覚えていた。
あの頃、明るい未来予想図などとても描けそうもなかった彼女は、今では本当にいい女になっていた。
「ねえ、私もうすぐ昼休みなの。もしよかったら、少し話せないかな?」
昔では考えられないほど、かなり積極的に誘ってくる。
私も、今日は特に予定もないので快諾した。
近くの軽食喫茶店に入ると、
「こんな大都会なのに、すぐにわかったの。あ、中原さんだ!って」
嬉しそうに言われ、
「私、そんなに垢抜けてないってことかな…」
苦笑いで返した。
「そうじゃないのよ!昔からあなたは綺麗だった。だから私、あなたに憧れたし、妬みもした…」
あまりに意外な言葉が返ってきた。
「それはどうも…」
正直、私はバツが悪かった。
目の前の彼女のネームプレートは、全く違う苗字になっているので、やはり今は人妻なのだろう。
一方、私の苗字があの頃と違うのは…若くして一度結婚したものの、結局すぐに離婚し、更にその後、親までも離婚したので、苗字が二度も変わったのだ。
「中原さんの旦那さん、いい人なの?」
そう尋ねられ、あまり言いたくなかったが、本当のことを告げると、彼女はかなり驚いた様子で、
「それ、私と全く同じじゃない!私も一度離婚してて、両親も熟年離婚してるの」
まさか、全く同じ境遇だなんて、むしろ私のほうが驚いただろう。
「ねえ…こんなところで再会できた上に、同じ経験してるなんて、偶然にしてはあまりに出来すぎてると思わない?また会いたいな…」
そう言われ、特に意識することなく連絡先を交換した私たち。
しかし、この時はまだ、更に新たなドラマが展開することになるなんて、予想するはずもなかった。
地味だった二人の田舎娘たちが、同じ経験をした末に再会し、大都会の片隅でひっそりと恋に落ち、海外で同性婚まですることになるなんて…。
The End
都内某所のコンタクト店併設の眼科で会計をしていた時、受付の女性に問われ、戸惑ってしまった。
確かに私は、かつて「中原さん」と呼ばれていたが、今はもう苗字が違うし、目の前の人が誰なのか、思い出せない。
「あ…ごめんなさい。私のことなんて覚えてないわよね。山口聡美っていうんだけど…」
「えっ、山口さん?覚えてるよ。ずいぶん久しぶりじゃない!」
彼女は、あまりにも雰囲気が変わっており、全く気付かなかった。
高校卒業から約10年の歳月が流れ、互いに27歳になったものの、彼女はあの頃、私に何とも言えないインパクトを残していた。
高校時代、確かに山口さんは目立つ存在とは言えなかった。
一方、私は私で、露骨にクラスで浮いていて、お互いに孤立した者同士、といったところだろう。
私も、目立たないタイプだったはずが、当時、気まぐれで応募したのど自慢でグランプリになり、一時的に有名になった。
しかし、その後も私が高校で浮いていたことに変わりはない。
寧ろ、いわゆる陰キャでありながら、悪目立ちするようなことをして、単に同級生らの反感を買っただけとも言えよう。
私は、田舎とは一刻も早く決別したいと思っていたので、大学進学で上京して以来、殆ど帰省したことすらない。
あれは、高校3年生の、まもなく自由登校の時期に入る直前のこと。
当時の担任が、趣味のようなもので、どんなことでもいいから自主発表を一人一人に課していた。
完全なフリースタイルということもあり、私は、ジャニス・イアンの【At Seventeen】をラジカセで流しながら、自分流に和訳をしたものを発表した。
大半の生徒が、明らかにどうでもよさそうにしていた中、一人だけ…普段から目立たない少女だけが、肩を震わせ俯いていたのが視界に入ったのはよく覚えている。
彼女が、山口聡美だった。
その日の放課後、私が職員室で担任と進学先に関する話し合いを済ませ、教室に戻ると、山口聡美がひとり、机に突っ伏して居た。
「どうしたの?」
私が声を掛けると、彼女はビクリとして顔を上げた。その頬は濡れており、目は真っ赤だ。
「ちょっと…大丈夫!?」
そう尋ねたが、
「なんでもない…!」
またしても、机に突っ伏してしまった。
「なんでもないって言われても…気になるじゃない」
彼女は暫くそのまま黙って居たが、
「そういえば…授業で私が発表した時にも、俯いてたよね?」
私がそう尋ねると、彼女は机に突っ伏したまま、
「中原さんみたいに目立つ人に、私の気持ちなんてわからない…」
思いがけない言葉に、私は戸惑ってしまった。
「私は決して目立たないと思うけど?友達だって居ないし」
「本気でそう言ってるの?私、あなたが教えてくれたあの歌…訳が上手かったのもあるかもしれないけど、凄く哀しくなったんだから」
あの歌とは…ジャニス・イアンの【At Seventeen】のことだろう。
「誰かを哀しませるつもりなんて全然なかったよ。哀しませたなら悪かったけど…だけど、何がそんなに哀しいわけ?」
若さゆえに、思わずデリカシーのない質問をしてしまった。
「決まってるじゃない。日本の高校にはプロムなんてないからまだ助かったけど…もし、そんなものがあれば、まさに私は誰にも選ばれない惨めな女の子だからよ…」
特に意味もなく発表したことが、何の罪もない一人の少女をこんなに哀しませたとは。
しかし、ここで謝るのは、なにか違う気がした。
私はため息をつくと、
「ねぇ。知ってる?」
「何を…?」
「ジャニス・イアンって、モテない少女の歌詞を書いたけどさ。プライベートでは、異性と2回結婚して、3度目の結婚は女同士なんだって。かなり華やかよね」
そう言うと、その細い肩の震えはピタリと止まった。
「あんたさぁ…かなりのペシミストみたいだけど、未来がどうなるかなんて、わからないよ?それこそ、まだ17歳じゃない」
それが、私たちのたった一度きりの会話だった。
クラスでも目立たない二人の少女の、なんてことのない会話。
しかし、私は目立ちたがりのクラスメイトのことは、顔も名前も記憶にないが、一人で泣いていた彼女のことだけは、鮮明に覚えていた。
あの頃、明るい未来予想図などとても描けそうもなかった彼女は、今では本当にいい女になっていた。
「ねえ、私もうすぐ昼休みなの。もしよかったら、少し話せないかな?」
昔では考えられないほど、かなり積極的に誘ってくる。
私も、今日は特に予定もないので快諾した。
近くの軽食喫茶店に入ると、
「こんな大都会なのに、すぐにわかったの。あ、中原さんだ!って」
嬉しそうに言われ、
「私、そんなに垢抜けてないってことかな…」
苦笑いで返した。
「そうじゃないのよ!昔からあなたは綺麗だった。だから私、あなたに憧れたし、妬みもした…」
あまりに意外な言葉が返ってきた。
「それはどうも…」
正直、私はバツが悪かった。
目の前の彼女のネームプレートは、全く違う苗字になっているので、やはり今は人妻なのだろう。
一方、私の苗字があの頃と違うのは…若くして一度結婚したものの、結局すぐに離婚し、更にその後、親までも離婚したので、苗字が二度も変わったのだ。
「中原さんの旦那さん、いい人なの?」
そう尋ねられ、あまり言いたくなかったが、本当のことを告げると、彼女はかなり驚いた様子で、
「それ、私と全く同じじゃない!私も一度離婚してて、両親も熟年離婚してるの」
まさか、全く同じ境遇だなんて、むしろ私のほうが驚いただろう。
「ねえ…こんなところで再会できた上に、同じ経験してるなんて、偶然にしてはあまりに出来すぎてると思わない?また会いたいな…」
そう言われ、特に意識することなく連絡先を交換した私たち。
しかし、この時はまだ、更に新たなドラマが展開することになるなんて、予想するはずもなかった。
地味だった二人の田舎娘たちが、同じ経験をした末に再会し、大都会の片隅でひっそりと恋に落ち、海外で同性婚まですることになるなんて…。
The End