蜜愛契約結婚―隠れ御曹司は愛妻の秘めた想いを暴きたい―

必要な溺愛

「瑠衣。それじゃあ、昼に迎えに来るから」

「忙しかったら、大丈夫ですから」

 夫婦となって初めての出勤となった今日。葵さんは一緒に車で送ってくれるだけでなく、総務課の入口まで送り届けると宣言している。

 始業時間前とはいえ、社会人としての配慮は忘れていない。あくまで並んで歩いてきただけだ。
 ただ、私に向ける彼の視線が妙に甘いのがいただけない。

 ここに来るまでの間にも、すれ違った人たちに凝視されてきたくらだ。
 総務課の入口付近でこんな会話を交していれば、同僚たちの視線を集めてしまう。

「俺の楽しみを奪わないでくれよ」

 妖艶な笑みを見せられて、背中がゾクリとする。

「わ、わかりましたから」

 相変わらず固い口調の私をくすり笑った葵さんは、ようやく自分のオフィスへ去っていった。

「えっと……おはよう、成瀬さん」

 解放されてほっとしていたところで、遠慮がちに声をかけられた。
 結婚したとはいえ、いずれ離婚をすると決まっているため、社内では旧姓で通すと決めている。

「おはようございます」

 近づいてきたのは新人の頃に少し関りがあった、二年先輩にあたる長谷川(はせがわ)さんだった。
 彼女は私に対して遠巻きにするような雰囲気ではあったものの、過剰に避けはしない。雑談をするような仲ではないが、嫌われているわけでもないと思う。

 長谷川さんの視線が、私の左手に注がれた。見られているのは、葵さんから贈られた結婚指輪だろう。

 結婚しておきながら指輪を贈っていないなど、男としての沽券にかかわると言われて渋々受け取ったものだ。もちろん、彼の指にも同じデザインのものがはめられている。
 ジュエリーブランドは詳しくないが、彼の生活水準を考えたらそれなりの値段がするのではないかと、密かに戦々恐々としている。
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