蜜愛契約結婚―隠れ御曹司は愛妻の秘めた想いを暴きたい―
 三浦さんは私をずいぶんと敵視していたが、表面上はこれまで通りのにこやかさで接してくる。
 楽をしようとする態度は相変わらずで、頻度は減っているものも未だに私のもとへも来る。
 ただ、私の方はこれまでのように受け入れてはいない。

『これは三浦さんにまかされた仕事です。わからないところは教えますが、まずは自分でやってみてください』

 彼女と関わりはじめた当初も、たしかにこうして線引きをしていた。
 それがなし崩しになってしまったのは、あのあざとい演技のせいで同僚から自分が悪者のように見られていると感じたからだ。
 あきらめていたとはいえ、自分の評判が不当に貶められるのは受け入れがたい。そうならないために、不本意ながら手を貸してしまった。

 でも、今の私はひとりじゃない。
 総務課の中には、長谷川さんを筆頭に気にかけてくれる人ができた。あの日和見な課長も、最近は自ら三浦さんに声をかけている。
 そして、葵さんという絶対的な味方がいる。おそらく課長の態度の変化も、彼が動いてくれたからだろう。

 その心強い存在に、甘えてばかりはいられない。
 だめなものはだめだと、毅然とした態度を貫こうと決意した。

「ひどい態度だったと、反省している。すまなかった」

 心底申し訳なさそうな顔をされて、それが田中さんの心からの言葉だと伝わる。

 私が肩代わりをしなくなったため、最近の三浦さんは田中さんを大いに頼りにしていた。
 彼女と直に接する機会が増えて、その実情に気づいたのだろう。

「私もまだまだ未熟で、彼女に上手く対応できませんでした。それでは、こちらは田中さんにお願いしてもいいですか? その間に私は、研修会などの見直しをしたいので」

 ぎこちないなりに、感謝の気持ちを込めて小さく微笑む。
 無表情でいるよりは人間関係がスムーズにいくはずだと、こういう配慮も心掛けるようになった。

「あ、ああ。任せてくれ」

 表情が不自然すぎたかもしれない。にわかに慌てた田中さんは、足早に去っていった。
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