御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
「瑠衣」

 彼の背中をじっと見つめていた私を、葵さんが呼ぶ。

「まさかと思うが、未練が?」

「そんなわけ、ないじゃないですか」

 きっぱりと返すと、彼は安堵したように微笑んだ。

「ひとつ仕事を片づけたら、すぐに帰るから」

「お夕飯をつくっておくね」

「ああ、楽しみにしている」

 髪をひとなでされて、くすぐったさに肩をすくめる。葵さんは、そのまま社内へ入っていった。

 本当の夫婦でもないのに、こんな親密な触れ合いに慣れつつあるのが怖い。
 彼の方に特別な意味はないのだろうけれど、私にとっては違う。
 好きな人に触れられる幸せを噛みしめる反面、ふたりの間にある温度差にどうしようもない虚しさに襲われた。

 ひとりになった帰り道は、考え事に没頭した。
 三浦さんたちに対して、私は適切に対応できていただろうか。
 あの場で弘樹たちに遭遇したのは驚いたけれど、こうして明確なけじめがつけられてよかったと思う。
 不貞現場での衝動的なやりとりだけでは、弘樹も納得できていなかっただろう。
 私によりを戻すつもりがないのに変わりはないものの、しこりを残した別れ方はお互いにいつまでも気になっていたに違いない。

 三浦さんは、明日以降ますます私に敵意を向けてくるかもしれない。
 でも、もう怖くはない
 私は、後ろ指をさされるようなことはなにもしていない。それに、仕事に誠実に向き合っていれば、公正な目で見てくれる人もいると知った。
 だから、彼女になにを言われようとも堂々としていられる。
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