京の都陰陽師
 「晴明様?
晴明様?
どちらにいらっしゃいますか?
晴明様?」
 晴明邸を走り回る少女。
 彼女は、この家の主人である、安倍晴明の妻、珱姫(ようひめ)。
 「どうしたんや?
僕はここに居るで?」
「ここってどちらですか?」
「日当たりのいいとこや。」
「分かりました。
そちらに向かいます。」
 晴明邸で1番日の当たるのは、中庭が眺められる部屋。
 珱姫は、部屋に向かった。
 「晴明様?
あ、いらっしゃった。」
 珱姫は、晴明に近付いた。
 「わたくしの式神が知らせてくれたのですが…。
博雅様が来られます。」
「博雅が?
なんやろ…。
帝の命やろか…。
珱姫、酒とツマミを。」
「はい。
すぐに。」
 珱姫は、一礼して、台所に行った。
 ツマミと酒の準備ができた頃、博雅が来た。
 「これはいい匂いだ。」
「博雅様。
いらっしゃいませ。
晴明様は、中庭の方のお部屋に、いらっしゃいます。
すぐに、おツマミを準備しますので、お待ちください。」
「そうか。
それは楽しみだ。
あっ、これもツマミにしてくれ。
ここに来る途中魚屋で買ったんだ。」
 博雅は、魚の入った包みを渡した。
 「まぁ…。
なんて大きなイワシでしょう。
ありがとうございます。」
「いやいや、美味しそうだったのでな。
では、私は、晴明のとこに行く。」
「では、わたくしの式神が、ご案内致します。」
 珱姫は、人札に息を吹きかけた。
 すると、桜の花を見に纏った、式神が現れた。
 「桜、ご案内して。」
 桜は、一礼して、博雅を晴明の居る部屋に案内した。
 「晴明。」
「博雅、どうしたんや?」
「今回は、帝の命で来た。
まずは、珱姫が来るのを待とう。」
「それは、僕ら夫婦に命が降りたって事?」
「そうだ。」
 そこに、珱姫が来た。
 「お待たせしました。
お酒とおツマミです。
こちらのイワシは、博雅様から頂きました。」
「大きなイワシやな。
美味しそうや。」
「だろ?」
 珱姫は、お酌しようとしていた。
 「立派なイワシや。
珱姫も頂きなさい。」
 珱姫のお酌の手が止まった。
 「酒は、自分らで注ぐから頂きなさい。」
「はい。
ありがとうございます。」
 盃にお酒を入れ、乾杯をし、口にしようとした時、全員の盃が割れた。
 「これは…。
かなり、強い呪詛やな…。」
 ボソッと晴明が言った。
 「そうですね。」
 晴明も珱姫も顔が険しくなった。
 「そんなにか?」
「はい。」
 重い口で珱姫は答えた。
 「博雅。
今回は、僕ら2人に命が降りたんやろ?」
「ああ。
そうだ。」
「珱姫。
準備に取り掛かろうや。」
「はい。
では、お酒と粗塩を浴びてきます。」
「そやな。
僕も、浴びんと…。」
「晴明様。
お先にどうぞ。」
「分かった。
博雅、少し待っててくれ。」
「分かった。」
 晴明と珱姫は、お酒と粗塩を浴び、体を清め、準備を始めた。
 「準備完了や。
帝のとこに行こか。」
 3人は、帝のとこに行った。
 帝の家来が、帝に報告に行った。
 「帝!
晴明様と珱姫と博雅様が来ました。」
「すぐに通せ!」
「はっ!!」
 3人は、すぐに、帝の前に通された。
 晴明が帝に話しかけた。
 「帝。
僕ら夫婦に相談というのは、どう言う事ですか?
何かあったんですか?」
「今回は、珱姫と2人で解決していただきたい。」
「それだけ、酷いと言う事ですか?」
「そうだ。
まず、わたしの皇子(みこ)を助けて欲しいのだ。
和子(かずこ)。
ここへ、皇子を連れてまいれ。」
 和子姫が、皇子を連れて来た。
 「この子が、わたしの皇子だ。」
「失礼します。」
 晴明と珱姫は、皇子を見た。
 皇子は、顔から胸にかけて、赤黒くなっていて、息も絶え絶えになっていた。
 晴明と珱姫の顔が、険しくなっていった。
 晴明は、落ち着いた声で言った。
 「これは…。
かなり強い呪詛にかけられております。」
「わたしの皇子に呪詛をかけた者がいると?!」
「はい。」
「その者を探せるか?」
「珱姫なら探せるでしょう。
珱姫の式神は、探知能力に長けてますから。」
「本当か?」
 帝は、珱姫を見た。
 「わたくしに、お任せ下さい。」
「おお。
頼んだぞ。」
「はい。」
 晴明は、2人の間に割って入った。
 「ですが、その前に、この呪詛を何とかしないといけません。」
「では、呪詛を解いてもらおう。」
「分かりました。
珱姫。」
「はい。」
「4人を任せてええ?」
「はい。」
「ほな、僕この部屋に結界作るわ。
布団には、皇子様の人形を入れておく。」
「はい。
わたくしは、隣の部屋に結界を張り、罠を仕掛けます。
呪詛をかけた者を、逃さないために。」
「分かった。
頼んだで?」
「はい。
帝、和子様、博雅様。
皇子様をお連れして、隣の部屋に参りましょう。」
 珱姫は、隣の部屋に、帝達を連れて行き、結界を張り始めた。
 「これで、本当に大丈夫なのでしょうか…。」
 和子が、帝に言った。
 「晴明と珱姫に任せたら大丈夫だ。
2人は、最強の陰陽師だから。」
「分かりました。
わたしも信じましょう。」
 帝と和子がそんな話をしている間に、珱姫は結界を作り始めた。
 「このお札まみれでいいのですか?」
「はい。
大丈夫にございます。」
「本当に大丈夫なのですか?」
 珱姫は、手を止めた。
 「和子様。
ご不安なのは分かりますが、お任せ下さい。
晴明様が、失敗するなど、ありえませんから。
わたくしは、これから、廊下に罠を仕掛けます。
こちらで、少々お待ちください。」
 珱姫は、式神を何体か作った。
 「この式神たちは、とても強い式神です。
皇子様のお守りに就かせていただきます。」
 珱姫が出したのは、桜を身に纏った式神と、炎を身に纏った式神と、日本酒の大きな盃を持ち、お酒を身に纏った式神だった。
 そこに、晴明の式神が、障子の向こうから声をかけてきた。
 「珱姫様、準備は出来ましたか?」
「ええ。
出来たわ。
後は、皇子様に術をかけるのみよ。」
「かしこまりました。」
 晴明の式神は、それだけ言うと下がった。
 「皇子に術をかけると申したな?
珱姫!
何故にその様な事をする?」
「皇子様がもしお泣きになれば、この術は解けてしまいます。
術が解けてしまうと、怨霊の主に皇子様の事が知られてしまいます。
そうなれば、怨霊に皇子様を殺されてしまうかもしれません。
それを避けるために…でございます。」
「なるほど。
では、皇子に術を掛けてくれ。」
「かしこまりました。」
 珱姫は、皇子に術をかけた。
 すると、泣いていた皇子が黙り、スヤスヤと眠り始めた。
 「もう少しで、丑の刻になります。
みな様、お声を出さぬように、お願いします。」
 帝と和子と博雅は、頷いた。
 丑の刻。
 廊下を絹の擦れた音がし始めた。
 その音は、確実にこちらに向かっていた。
 そして、珱姫達が隠れている場所の前を通りがかった。
 緊張が走る…。
 チリリーン…。
 珱姫のかけた罠に引っかかった音がした。
 「(これで、誰が呪詛を使っているかが分かる。)」
 絹の擦れる音が、隣の部屋の前で止まった。
 障子が静かに開けられる音が、珱姫達がいる部屋まで聞こえる…。
 チリーン…。
 晴明が掛けた術の音がした。
 チリーン…。
 「帝…どこにおられる?
妾のとこに来ぬのは何故じゃ?
妾に飽きたのかえ?
寂しい…。
寂しい…。
憎い…。
皇子が憎い…。
皇子のせいで来ぬのじゃ。
皇子が居なくなれば、妾のとこに帰って来てくれる…。
皇子が憎い…。
皇子…。
皇子…。
何処じゃ?」
 怨霊は、皇子を探し始めた。
 「居った…。
皇子…。
死ぬがいい…っっ!!」
 怨霊が見つけたのは、晴明が術を施した人形…。
 晴明と珱姫は、術を唱え続けた。
 怨霊は、人形の皇子を刺したり、首を絞めたりしていた。
 怨霊は、一頻(ひとしき)り人形を甚振(いたぶ)り、満足したかのように部屋を出た。
 珱姫達が居る部屋の前をまた通り始めた。
 絹の擦れる音が遠ざかり、去って行った。
 そこに、晴明様の式神が来た。
 「珱姫様。
晴明様がお呼びです。
参りましょう。」
「分かったわ。
帝、和子様、博雅様、今一度、この部屋から出ませんように、お願いいたします。」
 帝と和子と博雅は、頷いた。
 珱姫は、晴明のとこに行った。
 「珱姫。
どうや?
呪詛かけた者の居場所分かりそうか?」
「はい。
式神を使い、怨霊の正体を暴いて見せましょう。」
 珱姫は、式神を出した。
 今度の式神は、黒の百合を身に纏った式神だった。
 「黒い百合とは珍しい物を出したなぁ…。」
「黒百合は、死を意味します。
彼女には、最適な言葉でしょう。」
「そうやな…。」
 珱姫は、隣の部屋に戻り、帝と和子と博雅を連れて、晴明の待つ部屋に入った。
 「帝、これが、怨霊の力です。
呪詛をかけた者は、今、珱姫の式神が張り付いておりますので、すぐに見つかるでしょう。
今日から3日間、僕と珱姫は、毎日、帝の元に参ります。
そして、皇子様をお守りさせて下さい。」
「分かった。
任せよう。
寝食もこちらで済ませられるよう、手配しておく。
気兼ねする事なく、居てくれて構わん。」
「ありがたきお言葉。」
「和子、女中に2人に寝食の準備をさせなさい。」
「分かりました。
お2人方、こちらへ。」
 晴明と珱姫は、和子について行った。
 「こちらのお部屋をお使い下さい。」
 和子に言われ、2人は、部屋に入った。
 「夫婦ですから、同じ部屋でよろしいですよね?」
 そう言われ、1つの部屋を貸していただいた。
 女中達は、食事と布団の準備をしてくれた。
 「この時間に食べる食事を、格別に感じるのは、わたくしだけでしょうか?」
「いや、僕も思うてるよ。」
 珱姫と晴明は、食事を終え、女中が敷いた布団で眠った。
 次の日。
 珱姫が起きると、式神が帰ってきた。
 式神は、珱姫に呪詛を掛けた本人を、見つけ出していた。
 珱姫は、式神を消し、晴明を起こした。
 「晴明様。
呪詛を掛けた者の居場所が分かりました。」
「本当か?」
「はい。」
「珱姫!
ようやった!!
早速、帝に報告や。」
「はい!」
 晴明と珱姫は、帝の元に行った。
 「帝。
珱姫が、呪詛を掛けた者を探し出しました。」
「本当か!
して、その者の名は?!」
 珱姫が晴明に耳打ちした。
 「その者の名は、綾子姫になります。」
「なんと!!
綾子が?!」
「はい。
珱姫の調べによりますと、綾子様になります。」
「そうか…。
今、綾子を呼び、詰めたらどうなる?」
「皇子様に対し、綾子様の念が強く出てしまうでしょう。」
「そうか…。
晴明、わたしは、どうしたら良い?」
「綾子様自身が、お気が付きになる事が、重要にがざいます。」
「綾子自身がか?」
「はい。
そうすれば、自然と呪詛は消えます。」
「どうすれば、良いのだ?」
「綾子様に関しては、こちらで動かせていただきます。
ご自身のことに、お気が付きになることはないか?と…。
あれだけ、強い呪詛を掛けられると言うことは、ご自身にも何かしらの症状があるかと思うてます。」
「うーむ…。
しかし、このままにしておれば、皇子の命が…。」
「皇子様のお命は、僕と妻で守らせてもらいます。
ご安心ください。」
「今夜も昨晩のようにするのか?」
「はい。
綾子様がお気が付きになるまで…。」
「3日で終わるのか?」
「終えて見せましょう。」
「任せたぞ、晴明。」
「はい。」
 晴明と珱姫は下がった。
 晴明は、その足で綾子のとこに行った。
 「綾子様、安倍 晴明です。
妻の珱姫も居てます。」
「珱姫となっ?」
「はい。
綾子様、ご機嫌いかがでしょうか?
もしよろしければ、お話し致しませんか?」
「珱姫…聞いてくれるか?」
「勿論にございます。」
「晴明は、下がっておれ。
珱姫、近う…。」
「かしこまりました。
僕は出てます。」
「珱姫、早う。」
「はい。」
 珱姫は、綾子の近くに行った。
 「綾子様、最近どうかされましたか?」
「それが…力が抜けるのじゃ。
筆も持てんほどに…。
これは、何かあるのではなかろうか?」
「綾子様、いつから力が入らないのでしょうか?」
「ここ2〜3日ほどじゃ。」
「(ってことは、2〜3日の内に生霊を飛ばしていたのね…。)
わたくしにお任せ下さいませ。」
「頼んだ。」
 珱姫は、触るのが危険と分かっていても、触らざるを得なかった。
 触った瞬間、冷たいものが背中を通り、ゾクゾクっとした。
 「綾子様、最近、何かに思い詰めてることはありませんか?」
「実は…帝に皇子が生まれてから、皇子が憎いと思うてしまうようになったのじゃ…。
いけないことと分かってはいるのじゃが…。
なにぶん、帝も来ぬようになってしまい、妾の思いも届かぬようになってのう…。
それが、寂しゅうて…。
珱姫、帝の心を取り戻す方法は無いのものか?」
「残念ながら、取り戻す方法はございません。」
「そなたなら、知っておると思うたが…。」
「人の心は、移り気なものにございます。
それを縛るようなものは、この世にございません。」
「そうか…。
そなた、いつまで宮廷に居るのじゃ?」
「明後日までは、ここに居ります。」
「ならば、明日もここに来て欲しい。」
「分かりました。」
 珱姫は下がった。
 珱姫は、綾子の話しを、晴明に話した。
 「自分でもそこまで思うてるんやったら、簡単に行きそうやけどなぁ…。
何かが邪魔してんねん…。」
「綾子様に触れた時、背筋がゾクゾクッとしました。
綾子様の話し方からして、誰かに操られているような気配を感じました。」
「そうか…。
今日も、同じ結界で行くしかないなぁ…。」
「はい…。
わたくしは、操ってる者も見つけようと思います。」
「分かった。
無理はあかんで?」
「はい。」
 珱姫は、今日も罠を仕掛けた。
 今回のは、昨日と違い、操ってる者を特定するものだった。
 丑の刻。
 昨日と同じように、隣の部屋で息を潜める帝と和子と珱姫。
 その前を綾子が通った時に、チリリーンと鳴った。
 「(今回も成功。)」
 珱姫がそう思った時に、帝が部屋を出た。
 「綾子!」
 綾子を呼び止める帝に、晴明と珱姫は焦った。
 「帝!!
何故、妾の元に来てくれぬのです?
もう、飽いてしまったのです?」
「綾子!
すまん!
わたしのせいだ!
そなたをそのような姿にしてしまった…。
わたしのせいだ!!」
「帝…。
妾の事どう思いなのじゃ?」
「綾子の事は好いておる。
しかし、今は、和子の方を、もっと好いておる…。」
「帝…。
妾は、どうしたらいいのじゃ?
故郷へ帰らされるのかえ?」
「いいや。
帰すつもりなど毛頭ない。
わたしのそばにいてくれ。」
「帝…。
分かりました…。
妾は、居ていいのかえ?」
「そうだ。」
 綾子は、元来た道を戻って行った。
 胸を撫で下ろす、晴明と珱姫。
 「帝、いきなり行動するのは、お止め下さい。
僕らでも、対処出来んこともあります。」
「すまなかった。」
 珱姫は、皇子を見た。
 皇子は、ドス黒さがなくなり、普通の赤子のように見えた。
 「晴明様。
皇子様を見ていただけますか?
わたくしには、普通の赤子に、戻ったように見えます。」
 晴明も皇子を見た。
 「ほんまや。
帝、皇子様は、もう大丈夫です。」
「本当か!
晴明!!」
「はい。」
「良かった!」
「晴明様、綾子様を操っていた者が分かりました。」
「誰や?」
「綾子様のお父様です。」
「ほんまか?!」
「はい。
この事、帝に言いますか?」
「今は、言わん方がええやろ。」
「そうですね。」
 晴明と珱姫に、和子が話しかけた。
 「皇子のこと、解決いただき、ありがとうございました。
本日から、ご自宅に戻られますか?」
「はい。
そうさせて頂きます。」
 晴明は、そう答えた。
 帝は、止めに入った。
 「予定通り、3日間は、泊まっていってくれ。
褒美もまだだしの。」
「帝、褒美だなんて…。
今回は、帝ご自身が解決なさったこと。
褒美など渡さなくとも…。」
「和子、いきなりどうした?
晴明達には、褒美を渡す。
晴明達に救われたのは事実だからな。」
 和子は納得いかなかった。
 この出来事で、帝は和子のことを、避けるようになり、綾子の元に通うようになった。
 和子は、それが気に入らなかったが、帝を取り戻すことが出来ず、綾子のことを、羨むようになったが、それは、また、別の機会に。
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