このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
 魔法は貴重な力。ある種族の血を引く者が使えるとされているが、それはまだ詳しく解明されていない。魔法研究者たちが、こぞって研究している最中でもある。
 結局、毒婦や悪女と噂されていた彼女であるが、イリヤ本人の話を聞く限り、その噂に悪意が込められているのはすぐに気づいた。それに彼女と接すれば、噂通りの人間ではないとわかる。
 家族思いで真っ直ぐな女性。
 それが、クライブが彼女に抱いた印象である。少々お淑やかさに欠けるものの、クライブ自身がお淑やかな女性を望んでいるわけではないので、大した問題ではない。ただ、公爵夫人としての振る舞いを求める場面はあるかもしれないが、彼女であればそれなりに対処してくれるような、そんな期待すらある。
 幸せそうな彼女の寝顔を見ていると、なぜか頬っぺたをつんつんとしたくなった。
 その欲求に抗えず、指で頬をつついてみるが、起きる様子はない。予想していたよりも柔らかな頬にもっと触れたい欲が出てきたところで、自分の頬をつねる。
 やはり、自分のものとは違った。
 マリアンヌの頬とも異なる。でも柔らかかったし、こうやって眺めていると彼女がかわいいとさえ思えてくる。
 そもそも彼女は、悪意が立つくらいに顔立ちは整っているほうだから、そう思うのも自然なのだろう、たぶん。
 エーヴァルトに提案された無理難題のような結婚も引き受けたのも、彼女に興味を持ったからである。もっと彼女を知りたいという欲が、どこかにあった。どのような女性なのか、もっと知りたい――
 クライブが彼女を眺めていたのは、眠れないからであって悶々としているからではない。
 これから眠るというのにシャツを着せられて、肌がむず痒い。慣れないことをしたから眠れない、ただそれだけ。
 はぁ、と大きく息を吐く。オイルランプの灯火は弱々しくなっており、しばらくしたら消えるだろう。
 どうせ彼女も眠ってしまったし、今なら脱いでも怒られない。
 そう思ってクライブは、シャツに手をかけた。

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