三角関係勃発!? 寝取り上司の溺愛注意報

二章 上司が溺愛しすぎる件③

 会社を出たところで、尚樹は沙耶をようやく解放してくれた。つかまれた腕が痛かったから、沙耶はようやくホッとする。尚樹はこちらに向き直り、厳しい視線を投げかけた。

「で、どういうことなわけ?」
「え?」

 それはおそらく先ほどの藤本とのやりとりを指していると想像がついたが、沙耶はわざととぼけてしまう。

「どういうことも何も……腕、すごく痛かったんだけど」

 謝る気があるのか推し量ったが、尚樹にその意思はないらしい。さらに沙耶に詰め寄ってきた。

「アイツと浮気してるの?」
「し、してるわけないでしょ!?」

 自分は田辺美保子と浮気しておいて、どの口が言うのかと、沙耶の頭にカッと血がのぼる。顔も怒りで真っ赤に染まり、いまにも手が出そうになった。
 けれど尚樹のほうも譲らなかった。

「飲み会のあともアイツの家にいてさ。それが浮気じゃなくていったい何になるんだよ」
「そんなっ……自分のことを棚に上げて、そんな言い方って……!」

 沙耶は反抗してみたけれど、尚樹の厳しい追及は止まらない。

「彼女を寝取られたまま黙ってるわけにいかねえんだけど」
「藤本課長は私を寝取ってなんかいないわ! 私に指一本触れてないんだから!」

 勢い込んで、沙耶は半ば叫んでいた。夜の会社前、周囲にひとがいないのが救いだ。

「尚樹のためにこんなに心を砕いているのに、なんで伝わらないの!? 私たち、いったいどうなっちゃったの!? この五年はなんだったのよっ!?」

 気持ちが昂ぶり、ポロリと涙が頬を伝う。感情が堰を切ったようにあふれ出してきた。
 突如として泣き出した沙耶を、尚樹が慌てて抱き締めてくる。

「ごめん、沙耶。ごめん。オレが悪かった……! 悪かったから……!」

 どんなに尚樹が折れても、沙耶の口からはしゃくり上げる声しか出てこない。尚樹を抱き返すこともなかった。尚樹の腕の中が安心できる場所でなくなったのは、いつからだっただろうか。煙草の匂いのするスーツに顔を押しつけながらも、それをどこかで不快に感じてしまう自分がいる。

(ダメだ……私たちはもう、とっくに……)

 沙耶は尚樹を突き放すと、袖で乱暴に涙を拭った。

「沙耶?」

 尚樹が今度は心配そうに眉を下げ、沙耶の顔をのぞき込んでくる。
 しかし沙耶は、はっきりとそれを口にした。

「考える時間がほしいの。私たち、このままじゃもうぜんぶダメになる」
「だ、だから今日話そうぜ? これからお前ん家行くから!」

 焦っている尚樹を前に、沙耶は首を横に振る。

「ううん。私も話すべきだと思ったけど、いまは無理。いまは……尚樹の顔も見たくない」
「沙耶……っ」

 悲痛に顔を歪める尚樹をその場に捨て置き、沙耶は踵を返した。

「おい、沙耶! せめて家まで送らせてくれよ!」

 背中に尚樹の声がかかるも、沙耶は決して振り返らず、足早に自宅を目指す。
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