眠れる海の人魚姫〜政略結婚のはずが、御曹司の一途な執着愛に絡め取られました〜
初めての夜、初めてのキス
 そういうわけで入籍はしたものの、結婚式はまだだった。関係者へのお披露目もあるらしく半年ほど先になるという。
 しかし美雨は住み慣れた我が家から嶺人の住むマンションへ引っ越すことになった。

 都心にほど近い地上四十六階、地下三階のタワーマンションだ。マンション内にはグローサリーやジムが備えられ、ロビーには当然のようにコンシェルジュがいる。嶺人はその高層階のワンフロアを買い切っていた。防犯のためだそうだ。
 都心から離れた平屋の日本家屋で生まれ育った美雨からすれば圧倒されるばかり。とはいえ杖をつく身からすれば住み良い家だ。階段や段差がないのがありがたい。

「てっきり、挙式が済んでから一緒に住むのかと思っていました」

 引越し作業の終わった日の夜。広々としたダイニングでソファに座ってくつろぎながら、美雨は言った。
 美雨には自室が二つほどあてがわれ、何の不自由もない。一つは仕事部屋としてデスクや本棚が置かれ、もう一つの部屋にはベッドが運び込まれた。必要があれば他にも用意すると言われたが断った。必要じゃない。

(……さすがに寝室は別なのね)

 嶺人とは何も話さなかったが美雨も弁えている。第一結婚したとはいうものの同じベッドで嶺人と眠るなんて想像するだけで顔から火が出そうだった。一睡もできる気がしない。
 キッチンで飲み物を用意していた嶺人がダイニングにやって来て、何気なく言う。

「俺が無理を言ったんだ。一秒でも早く美雨と過ごしたかったからな」
「えっ?」

 ソファ脇のローテーブルに嶺人がワインの瓶とグラスを並べる。お酒に弱い美雨でも飲めそうなフルーツワインだった。嶺人はかなり嗜む方だから美雨の好みに合わせてくれたのだろう。

「ふ、ふふ。もう、嶺人さんはお上手なんですから」

 グラスにワインを注ぐこともできず、美雨は笑って受け流す。嘘だ。受け流せてはいない。身にまとったルームワンピースの裾を意味もなく引っ張ったり手で払ったりする。そうしないと杖をついてこの場から逃げ出してしまいそうだった。

「美雨」

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