眠れる海の人魚姫〜政略結婚のはずが、御曹司の一途な執着愛に絡め取られました〜
彼が彼女に落ちた理由
 丸の内にそびえる岬地所の本社ビル。その最上階にある役員室にて嶺人はタブレットで資料に目を通していた。1ヶ月後に予定されている、岬グループ元帥の誕生祝いの企画書である。
 嶺人にしてみれば祖父の誕生日会になるが、実際は財界の要人が集う重要な社交の場だ。主催側の人間としては一切のミスの許されない催しだった。

「おはようございます、嶺人様。……おや、ずいぶんとご機嫌がよろしいですね」

 自動ドアを開けて入室してきたスーツ姿の男が、慇懃に礼をしてから楽しげに言う。嶺人はタブレットから顔を上げて男を眺めた。綺麗に髪を撫でつけ、銀縁眼鏡のよく似合う理知的な顔立ちをしている。嶺人の中学時代からの悪友にして、今は秘書を務めている櫻井章介だった。

「そこまで緩んで見えるか? まずいな」
「いえいえ、付き合いの長い私くらいにしかわからないでしょう。本日のご予定をよく把握しておりますしね。今夜は奥方とのデートだとか」

 デート、の部分をやけに強調する。嶺人は緩む口元を隠そうと軽く咳払いした。

「そうだ。夕方の経営会議後、すぐに美雨を迎えにいく。ジャケットの替えを用意しておいてくれ」
「ええもちろん。この間テーラーで仕立てたものが届きましたからご用意しておきます。他には? 花束などはご入用でしょうか?」

 やや前のめりになる櫻井に、嶺人はしっしと片手を振った。

「構うな。なぜお前がそこまで躍起になる」
「だってあの美雨嬢とやっとご結婚できたのでしょう? もうかれこれ十年以上片思いしていらっしゃったのに、ようやく! 嶺人様が美雨嬢に愛想を尽かされてはいけませんから、少しでも手助けできればと」

 嶺人はむっと眉を寄せた。

「愛想など尽かされない……つもりだ」
「そうですか? ですが美雨嬢が一筋縄でいかない女性なのは嶺人様が一番よくご存知でしょう」

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