眠れる海の人魚姫〜政略結婚のはずが、御曹司の一途な執着愛に絡め取られました〜
 確かに大体のことを上手くこなす嶺人だけれど、それだけではないと美雨はもう知っている。曰くありげな美雨の反応に、美波が片眉を上げた。

「ふぅん? まあ、美雨に関してはあの男も筋書き通りにはいかないかもね。それくらいでちょうどいいわ。この結婚の良いところの一つね」
「他にも何か?」
「もちろん。もう一つは、あの高慢な男に私を『お義姉様』と呼ばせられること」

 ドリンク片手に高笑いをする姉に、美雨もつられて肩を揺らす。思えば、もうずっと美波をまっすぐに見たことがなかったかもしれない。

「そして最後の一つ。――美雨、幸せになってね」
「はい、ありがとうございます」

 チン、と互いのドリンクのグラスを触れ合わせる。甘酸っぱいカクテルをちびちび飲んでいると「ねえ、ところで……」と美波が辺りを用心深く見渡し、忍び声で囁きかけた。

「このラウンジに入る前に、美雨に話しかけていた男、知り合い?」
「いえ、違います」

 実は、美波とラウンジで出会ったのは偶然だった。パーティーの終わった後、人酔いしていた美雨にしつこく見知らぬ男が話しかけてきて困っていたところを、美波が颯爽と助け出してくれたのだ。

「バーで飲まないか、といきなり誘われて。変ですよね?」
「ナンパじゃない? 結構かっこいい顔してたわよ」
「……そうでした?」
「美雨の旦那様ほどじゃないかもね」

 美雨のそばにはいつも嶺人がいるので、美の基準が狂い始めている。まずいかもしれないわ、と眉間に皺を寄せる美雨をよそに、美波はラウンジの入り口を見つめ小さく呟いた。

「……なるほど、そういうわけね」
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