副社長の執愛 〜人間国宝から届いた壺を割ったら愛され妻になりました〜



 副社長室に入ってすぐ左側の机が私のデスクだ。

 部屋には副社長のデスクのほか、応接セットもある。

 グレーの高級感あふれる絨毯が敷かれ、さりげなく観葉植物が置かれている。

 今日は副社長の誕生日だ。

 夕方までのスケジュールはびっしりだ。

 夜はたいてい会食の予定なのに、今日だけは空白だった。そのように要望されて空けておいたのだけど。

 昼過ぎ、人間国宝の滝川悠全(たきがわゆうぜん)さんから大きな宅配が届いた。

「副社長、贈り物が届きました」
「ありがとう。しかしいつになったら君は俺を碧斗と呼んでくれるのかな」

「そんなことできません」
 私は笑顔で返す。

 もう何回このやりとりをしたかわからない。はじめのうちこそ慌てたが、もはや挨拶みたいになっている。

「今、手が離せない。かわりに開けてくれ」
「かしこまりました」

 開封すると、中には大きな壺が入っていた。高さは五十センチくらいはあるだろうか。重くて持ち上げるのが大変だ。

「なんだった?」
 一段落したらしい副社長が覗きにくる。

「立派な壺です」
「大きいな」
 副社長は感心したようにつぶやいた。

「今日届くとは聞いていたんだ。台を用意しておいたから、載せてくれ」
 副社長は入口付近を指差した。
 朝、男性社員が持ってきていた台だった。

「かしこまりました」

 このためだったのか、と納得しながら私はその壺を置く。重くて大変だった。いつもなら重いものは彼がかわってくれるのに、今日だけは違った。

 台は腰ほどの高さがあるが、面が小さくて、大きな壺を載せるとバランスが悪かった。

「少し小さいようですね。すぐに新しい台を手配します」
 壺を下ろそうとすると、彼はそれを止めた。

「しばらくはこれでいい」
「では、せめて場所を異動させます」
 入口付近では人の出入りの際に壺を落としてしまうかもしれない。

「いや、ここがいい」
 彼は満足そうにそう言った。

 私はいつでも新しい飾り台を注文できるように調べておかないと、と思った。
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