死に戻り令嬢と顔のない執事
第二章

婚約解消への一歩


「ねぇ貴方。お祖父様に面会の約束を取り付けてもらえるかしら」

 ――翌日。もう名前も忘れた執事に短く告げると、彼は僅かに首を傾げた。

「大旦那様に、ですか。お言葉ですが、旦那様には……」
「当然、内密で。……頼めるかしら?」

 はっきりと答えれば、執事は少しだけ驚きを見せるように眉を上げる。しかし、その端正な顔は少し視界から外しただけで、昨日と同様にリーシャの記憶からあっさりと滑り落ちていった。
 声も顔も髪もととのっているというのに、それはまるで()()()()()()()()()()()()()()ようだ。唯一ゆらめく灰緑の瞳だけが、リーシャの脳裏にしっかりと焼きつく。

「お父様に逆らえない、というのであれば無理は言わないわ。今の話は忘れてちょうだい」

 その感覚が薄気味悪くてリーシャが話を切り上げようとしたところで、執事は慇懃な仕草で頭を下げた。

「いいえ、私の主人はお嬢様です。お嬢様のお望みとあらば、全力で応えてみせましょう。私は、貴女の忠実なる下僕(しもべ)ですから」
「…………」

 その言葉に、リーシャは思わず言葉を呑み込む。自分に味方がいるということ自体は心強い話だ――その味方が正体不明の存在だということにさえ、目を瞑れば。



「貴方、名前は何というのだっけ」

 二日続けて投げ掛けられる不躾な質問にも、執事は穏やかに答えた。

「ツルギです、お嬢様」
「そう……ツルギ。私ね、ハロルド様と婚約を解消しようと思うの」

 正体不明の彼がどんな反応をするのか気になって正直に口にした言葉に、ツルギはふわりと唇を綻ばせた。

「よろしいかと存じます」
「貴方、驚かないのね」
「お嬢様が幸せになれるのでしたら、喜ばしいことですから」

 さらりと返す主人を想うその言葉に、嘘は感じられない。優しい視線を向けられて、リーシャは何故か泣きたくなるような胸の痛みを覚えた。
 そんな彼女を前に、執事は静かに頭を下げる。

「それでは、大旦那様にお会いするための手配、進めておきます」

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