元令嬢は俺様御曹司に牙を剥く 〜最悪な運命の相手に執着されていたようです〜

いきなり! 婚約者

 十階建てのこの会社の、最上階。エレベーターを降り、廊下の一番奥の物々しい扉をノックした。

 まさか、こんな気持ちで社長室に来ることがあるなんて。

「失礼します、玖珂色春です」
「入れ」

 中から聞こえた声は、紛れもなく飛鳥のものだ。扉を開き、社長室へ足を踏み入れる。

 すると向かいになのに遠い社長机の向こうに座った飛鳥が、こちらに軽く手を挙げる。

「ちょっと飛鳥!」

 と、言ったところで私は押し黙った。
 私と飛鳥の間には、応接用のソファとテーブルが並んでいる。そこに座っている元社長に専務、それから久恩山グループの代表とその奥様――飛鳥の父母――の目が、一斉にこちらを向いたのだ。

 前のめりになっていた身体をまっすぐに、姿勢を正して咳払いをする。けれど、心臓はおかしいくらいにバクバクと鳴っていた。

「色春さん、お久しぶりね」

 奥様が一番に口を開いた。

「ご無沙汰しております、玖珂色春です」

 頭を下げると、奥様は優しく微笑んだ。あの頃と変わらない、少しだけ憐れみの籠もった目をして。

「玖珂さん、玖珂製薬のご令嬢だったんだってね。知った時は驚いたよ」

 社長に言われ、苦笑いを浮かべた。

「色春さん、うちの愚息を頼んだよ」

 旦那様が「いやぁ、良かった良かった」と言いながら、席を立つ。他の重鎮たちも、次々に社長室から出ていった。
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