学園王子の彗先輩に懐かれています

1 偶然出会った不思議な男の子



 ○プロローグ

『たった1人の人との出会いで、自分の人生がこんなにも変わってしまうなんて思ってなかった──』


 ○夜の9時。小さい定食屋の裏口・外

 
 母「なこーー! ついでに看板も下げてきてーー」
 奈子「はーい!」
 
 
 ゴミ袋を持ち、裏口から外に出る白井奈子。
 大きなゴミ箱にゴミを捨てて、店の前に出ていたスタンド看板を片付けようとしたとき、店の前にある公園のベンチで男の子が寝ていることに気づく。

 
 奈子(あんなところで寝てる……。高校生くらいだよね? 大丈夫かな?)

 
 寝ている男の子に気づいた若い男2人組が、男の子に近づいていく。


 奈子(ん……?)

 男1「おい。完全に寝てるぞ」
 男2「サイフどこだ。サイフ」
 奈子「!!」

 奈子(あの人たち、おサイフを盗む気だ! どうしよう!)


 周りを見渡すけれど、道にも公園にも人がいない。
 男たちが寝ている男の子のポケットを探ろうと手を伸ばした瞬間、奈子は店のスタンド看板の裏に隠れて大声を出した。


 奈子「ド、ドロボーーーーッ!!!」
 男1「!! やべっ」
 男2「行くぞっ」


 奈子の大声で、うっすらと目を開ける男の子。
 男2人組は慌てて走ってその場から逃げていく。
 足音が聞こえなくなってから、恐る恐る立ち上がる奈子。


 奈子(行った……?)


 公園のベンチを見ると、起き上がっていた男の子──宇月彗(うつき すい)と目が合う。
 フード付きのパーカーを着たラフな格好、サラサラの髪、整った綺麗な顔。
 特に驚いたり動揺した様子もなく、ボーーッと奈子を見ている。


 奈子(うわ……! とんでもないイケメンさんだった!)


 さっきの状況を説明するべきか悩んでいると、店から母の声が。
 

 母「なこーー! どうしたのーー?」
 奈子「あっ! なんでもないよ!」


 とりあえず彗に向かってペコッと軽く頭を下げて、スタンド看板を片付けて店に戻る奈子。
 彗は微動だにしないまま、ずっと奈子を目で追っていた。


 彗「…………」


 ○定食屋(奈子の母が経営)の中

 調理場には母と奈子の2人。
 カウンター席には常連のおじさん1人。小さいテーブル席には常連の夫婦が座っている。
 カウンター側を向いてお皿を洗っている奈子。


 奈子(あの人、起きてたからもう大丈夫だよね?)


 ガラガラ……
 ゆっくりとお店のドアが開く。


 母「あっ。ごめんなさい。今日はもう閉店なん……」
 奈子「……!」


 入口に立っていたのは、先ほどの男の子、彗。
 背が高くモデルのようなイケメンを前に、母も常連のお客さんたちもみんな見惚れて動きが止まっている。


 奈子(あの人だ。なんで……)


 彗は、奈子に気づくなりスタスタとカウンターの前に歩いてくる。
 常連さんやカウンターの中にいる母と奈子は、ポカンとしながら彗を見つめる。
 明るく近いところで見ると、彗の美麗すぎる顔がよりハッキリと見えた。


 彗「さっき……なんでドロボーって叫んだの?」
 奈子「え……あの、男の人たちがあなたのおサイフを盗もうとしてたから……」
 母「えっ!?」
 常連「盗まれたんか!?」


 彗はまったく焦る様子もなく、パーカーのポケットに両手を入れた。


 彗「サイフ持ってないから大丈夫」

 みんな(えっ? サイフ持ってないの?)


 一瞬みんなの時が止まり、遠慮がちに母が確認する。
 

 母「スマホとか、他の荷物は……?」
 彗「スマホも持ってない」

 みんな(えっ? スマホも持ってない?)


 さらにみんながコメントに困ったとき、彗のお腹がぐるるるるーー……っと鳴った。
 恥ずかしがる素振りもなく、彗がボソッと呟く。


 彗「……腹減った」

 奈子(この人……もしかして)
 みんな(お金がない人!?)


 見た目はキラキラでお金に困ってなさそうなだけに、サイフもスマホも持っていないというギャップにみんな驚く。
 母は、そんな彗を見てうーーんと悩んだあとに叫んだ。


 母「うん! わかった! お腹すかせた子をこのまま帰せないわ! 何か作るから、座って」
 奈子「お母さん!?」


 母の提案を素直に受け入れ、無表情のまま奈子の前に座る彗。
 常連さんたちも少し同情するような目を彗に向けている。


 母「そうは言っても、ここであなたにだけ無料で提供したら他のお客様に申し訳ないから、私じゃなくて奈子が作ったものでもいい?」
 奈子「えっ!?」


 すぐにコクッと無言で頷く彗。
 ジッとまっすぐに奈子を見つめる。


 奈子「お母さん!」
 母「仕方ないでしょ。お友達に作ってあげるつもりで作ってあげて。お願い奈子!」
 奈子「でも……」


 チラッと常連さんを見ると、みんなウンウンと頷いていた。母と同意見のようだ。
 それに、奈子もお腹を空かせた彗に同情していた。


 奈子(もーー……しょうがないな)

 奈子「オムライスでいい?」
 母「ありがとう! なこーーっ」


 母が奈子を後ろから抱きしめる。
 奈子がコンロの前に移動すると、彗がボソッと尋ねた。

 
 彗「……ネコって名前なの?」

 奈子(え?)


 彗の質問を聞いて、母や常連さんたちがあははっと吹き出す。
 奈子はまたか……と呆れ顔になった。


 母「それ、他の人にも言われたことあるのよ〜。私の滑舌が悪いみたいで、ネコって聞こえちゃうときがあるみたい」
 奈子「ネコじゃなくて、奈子です」
 常連「俺にも時々ネコって聞こえるよ」
 奈子「奈子です」
 彗「ネコじゃないの?」
 奈子「奈子です」

 奈子(もーー。猫っ毛なの気にしてるのに、名前まで猫って言われたくないよ)

 
 口を尖らせて適当にあしらいながら、手際良くオムライスを作っていく。
 ほんの数分で作ったオムライスを彗の前にそっと差し出す。

 
 奈子「お待たせしました」
 彗「…………」


 想像以上に綺麗な出来のオムライスを見て、少しだけ目を見開いて驚く彗。


 常連「奈子ちゃんは料理上手だから、安心して食べなよ。イケメンさん」
 彗「……すごいな。ネコちゃん」
 奈子「!? だからネコじゃなくて奈子ですってば」
 常連「あははっ。もうネコちゃんでいいんじゃないか?」
 奈子「嫌ですよっ」
 彗「なんで?」


 そう聞いた後に、初めて笑顔になる彗。カウンターから上目遣いで奈子を見つめる。


 彗「可愛いじゃん。ネコちゃんて」

 奈子(!?)


 あまりの輝くイケメンぶりに、奈子だけでなくみんな顔が赤くなる。
 彗は、そんなみんなの反応には我関せずでオムライスを食べ始めた。


 彗「……うま」
 奈子「そ、そうですか」


 やけに照れくさくなり、奈子は洗い物を再開した。
 母や常連さんはニコニコと嬉しそうに彗を眺めている。


 彗「ごちそうさまでした」

 
 綺麗に完食した彗は、丁寧にお辞儀をして店から出て行った。


 母「モデルみたいな子だったわね!」
 常連「アイドルかと思ったよ」
 常連2「本当に綺麗な顔した子だったねぇ」

 
 彗がいなくなったあと、母や常連さんたちはわいわい盛り上がっている。
 

 奈子(なんか……不思議な人だったなぁ)


 ベンチで寝ていた姿や笑った顔を思い浮かべる。


 奈子(ああいうのを魔性の人っていうのかな? もう私と関わることはないと思うけど……)


 閉店前の片付けをしている奈子に気づき、母が声をかける。


 母「奈子。お手伝いありがとう。明日から学校でしょ。もう大丈夫よ」
 常連「おっ。明日から奈子ちゃんも高校生か」
 母「今日が入学式だったのよ」
 常連「おめでとう、奈子ちゃん。高校生活がんばれよ」
 奈子「うん。ありがとう」


 エプロンを壁にかけて、裏の階段から2階に上がる。
 お店の2階が奈子と母親が2人で暮らしている家。


 ○奈子の部屋

 部屋にかけてある制服を見て、思わず笑顔になる奈子。


 奈子「ふふっ。高校生活、楽しみだなぁ」


 オシャレに制服を着こなし、放課後は友達と一緒に買い物行ったりご飯を食べに行ったりカラオケに行ったりして遊んで、恋やオシャレの話で盛り上がる。
 そんな憧れの高校生活を、奈子は夢見ていた。


 奈子(友達もたくさん作って、楽しい学校生活が送れるといいな)


 明日からの生活に期待で胸をワクワクさせる奈子。


 ○次の日の朝。学校の校門前。

 中学からの友達、小林瑠美が奈子を見つけて笑顔で駆け寄ってくる。


 瑠美「奈子〜! おはよ〜」
 奈子「おはよう、瑠美」


 瑠美と腕を組みながら、校門から校舎までの道を歩く。
 新生活にワクワクしているのか、朝からやけにテンションが高い瑠美。


 瑠美「ほんと奈子と同じクラスでよかった〜」
 奈子「ね〜」
 瑠美「あっ。そういえば、昨日先輩から聞いたんだけど、この学校って王子が3人いるんだって!」
 奈子「王子?」


 キョトンとする奈子に、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら得意げに話す瑠美。


 瑠美「みんな、顔が超絶イケメンで家もお金持ちなんだって!」
 奈子「へぇ〜」
 瑠美「ファンクラブがあるくらい人気らしいよ」
 奈子「ファンクラブ!?」


 奈子の頭の中に、ウチワを持ってキャーキャー言っている女子集団が浮かぶ。


 奈子(普通の高校でもそんなのあるんだ……)

 瑠美「人気3位の先輩はね、通称『ストイック王子』!」
 奈子「ストイ……?」
 瑠美「陸上とバスケを掛け持ちしてて、ものすごい運動神経がいいんだって! どちらも手を抜かずに真剣にやってて、女の子に興味を示さずただただ自分を鍛えることだけ考えてる、クールなストイック王子!!」


 目をキラキラさせながら興奮気味に話す瑠美を、少し引いた目で見守る奈子。


 瑠美「人気2位の先輩は、通称『スマイル王子』!」
 奈子「スマイル……」
 瑠美「まるで現役アイドルのように、笑顔を振りまく爽やかで優しい人! 近づきにくいストイック王子と違って、スマイル王子は声がかけやすいから人気も高い!!」
 奈子「へぇ〜」


 奈子の横から目の前に移動した瑠美は、人差し指をピンと立てた。


 瑠美「そして、人気第1位の先輩は、通称『アンニュイ王子』!!」
 奈子「なんて?」
 瑠美「いつもボーーっとしたマイペースな王子だけど、その見た目の麗しさはレベル違い!! 遠くからそっと見つめていたい王子No.1で、女子たちの中で勝手に話しかけたらいけないっていう暗黙のルールがあるくらい崇拝されているんだって!」

 奈子(……すごいな)
 ドン引き状態の奈子。

 瑠美「しかも、この3人は親友らしいの! そんな素敵すぎる3人組いる!? すごいよね!」
 奈子「う、うん」
 瑠美「ああ〜〜早くその王子様たちを見てみたいなぁ〜」


 期待に胸を膨らませている瑠美を、生温かい目で見つめる奈子。


 奈子(ファンクラブとかいろいろめんどくさそうだし、私は特に王子たちの話題には触れないようにしよう)


 そのとき、校門のほうからキャーーッという女子の悲鳴が聞こえた。
 芸能人でもいたのかと思うほどの歓声に驚いて、振り向く奈子と瑠美。
 校門近くには、3人の男を囲って女子の団体が一斉にこちらに向かって歩いてきていた。


 瑠美「ちょ、ちょっと、あれ、もしかして……!」
 奈子「…………」


 王子かもと期待して、赤い顔で目を見開いている瑠美。
 女子に囲われている男3人は、どの人も高身長でスタイルが良く、遠目でもかなりのイケメンなのがわかった。
 周りがキラキラと輝いているオーラが見える。
 奈子は、その中心人物を見て目を丸くした。


 奈子(あの人は……もしかして……)


 その人は昨夜の彗だった。バチッと目が合う。
 無表情で周りの女子なんて見えていないような顔をしていた彗は、奈子の前でピタッと立ち止まった。
 突然止まった彗にみんなの視線が向く中、彗が口を開いた。


 彗「……ネコだ」
 奈子「!!」


 ニコッと小さく笑った彗の反応を見て、周りにいた女子と他の2人の男子が奈子に注目した。
 もちろん女子からの視線は『誰、あんた!?』というような、迫力のある視線だ。
 刺々しい視線に晒されて、真っ青になる奈子。


 奈子(あれ……? 私の高校生活、もしかして前途多難……?)
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