16歳年下の恋人は、そう甘くはなかった

接近

面識のない、二人の男が初めて言葉を交わしたその日、マヤは会社の直属の上司に、退職の意思を伝えた。
上司は結婚の報告を聞くと、顔をほころばせて喜んでくれた。
彼は46才でマヤと同じ年の妻と、今年大学に入学した一人息子がいるらしい。
シングルマザーのマヤを、ことあるごとに気遣って声をかけてくれていた。
たった三年だったけれど、良い会社で勤められたことに感謝した。

あの口論の後、トオルから何の連絡もない。
トオルが妊娠している恋人を心配する気持ちはわかる。
会えないから、勝手な憶測や、ネガティブな妄想に支配されてしまうこともあるだろう。
だけど、自分がそこまで信用されていなかったことと、あんなに鋭く突き刺すような言葉を、トオルの口から放たれたことが、マヤにとってはショックだった。

これからどうしたらいいのだろう…。

マヤは年末で退職し、トオルの誕生日でもある12月24日に東京に行って、一緒に婚姻届を提出しに行く予定だ。
それまでに、何とかこの険悪な状況を解決しないと、と思ってはみるものの、自分から歩み寄るのはなんだか負けたみたいで癪だった。


12月に入り、世間はカレンダー通り、急に慌しい様相に変わった。
クリスマスソングが流れるスーパーで、夕食の食材を選んでいるマヤのスマホが鳴った。
バッグから取り出し画面を見ると、上村雄太郎の名前が表示されていた。

『マヤちゃん、今晩か明日か空いてる?急に大阪出張が決まってさ。先週香港に出張で行ってきたから、お土産も買ってきたんだ。渡すついでに食事でもどう?』

先月居酒屋の前で別れてから、お互い連絡をすることもなかった。
もう会うこともないだろうと思っていたので、わざわざお土産まで買ってくる彼の意図がわからなかった。

「おみやげなんて、いいのに。今日はもう夕食の買い物してるし、娘もいるから」

『マヤちゃんには散々迷惑かけたし、これくらいさせてよ。明日はどう?少し離れたところだけど、新しく出来たフレンチレストランがあるらしい。調べて予約しておくよ。実家の車を借りるから迎えに行くね』

「いや、もう二人で食事するのはよくないよ。お互いパ―トナーがいるんだし。奥さんの事言えなくなるよ」

妙な巡りあわせで再会することになった上村だが、このままマヤの数少ない友人リストに入れるほどの親しみの感情は芽生えなかったし、正直、また会いたいとも思わない。
妻を一途に愛している、とたびたび訴える姿に同情を感じないわけではなかったし、過去のわだかまりはもうほぼ消えている。だが、もうこれ以上関わる義理もない。

しかし、上村はなかなか引き下がらなかった。
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