私の好きな人には、好きな人がいます

「はぁ、渡せなかった…」


 昼休みはよくなかった、とクラスに戻った愛華は反省する。


(三浦くん、絶対友達多そうだもん。周りに人がいるのを考えてなかった…)


 あの男子達の中に入っていって、「これ、この前のお礼です」なんて渡せる度胸は、愛華は持ち合わせていなかった。


 コンクールで大勢の前や審査員の前でピアノを弾くことには慣れてはいても、想いを寄せる男子のこととなると、こと愛華はただの女子高生である。恥ずかしいに決まっている。


(部活終わりとかどうかな、帰りに待ってたら会えるかな…)


 放課後、もう一度チャレンジしてみようと心に決め、お礼の品を廊下にある自分のロッカーにしまうことにした。


 ロッカーを閉め、鍵をしたところで、「おい」と声を掛けられる。


 顔を上げると、やっぱり仏頂面の水原が立っていた。


「水原くん。なに?」


「今日の放課後、レッスン室借りられることになったから、音楽室には行かない。個人課題の練習もそろそろ進めなくちゃいけないから」


「あ、うん、そうなんだ」


 愛華は心の中でガッツポーズをする。


(よっし!今日は放課後音楽室に一人だ!)


 元々音楽室のピアノを使っていたのは愛華だった。それをここ最近急に参加してきては、愛華のピアノにあれこれ勝手に言ってきたのは水原だ。愛華としては彼がいない方が練習に集中できるし、何より休憩中に陸上部の練習が見られる。嬉しい限りだった。


 そんな気持ちが表情にも出てしまっていたのか、水原は眉間に皺を寄せる。


「おい、俺がいなくて喜んでないか?」


「いやいやそんなことないよ?!」


「俺が見てないからって中途半端な練習してたら、」


「ちゃんと真面目に練習してるしっ」


「大体愛華は、」と水原のお小言が始まり少しうんざりしていると、廊下に賑やかな声が聞こえてきた。どうやらどこかのクラスが五限目は移動教室らしい。教科書やノートを持った生徒達が階段を降りて行く。

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