私の好きな人には、好きな人がいます

 しかし次の日、とある女子生徒の姿を見た途端、あれ?と首を傾げることになる。


 それは廊下での出来事だ。昨日、椿に「美音」と呼ばれていた女の子を見掛けた。


 昨日は自分が名前で呼ばれたことに対して喜び、すっかり失念していた。


 あまり女の子を呼び捨てでは呼ばない、と椿は言った。しかし彼女のことは「美音」と呼び捨てで呼んでいたではないか。これはどういったことなのだろうか。そんなことに今更思い至る。


(もしかして、椿くんの彼女……?)


 お昼休みも椿に気兼ねなく話し掛け、ノートを貸していた。美音、椿、と呼び合う間柄である。これはかなり親しい関係なのではないだろうか。


 廊下の端から美音の様子を窺っていると、彼女は何かに躓いたのか前のめりになり、抱えていたノートの山をバサバサと音を立てながら落としていた。焦ったように拾い集める彼女に、愛華も反射的に慌てて駆け寄る。


「大丈夫?」


 そう声を掛けながら一緒に屈んでノートを拾い集める。


 美音はあわあわしながらノートを集めていて、愛華を認めると申し訳なさそうに眉を下げた。


「ご、ごめんね…ありがとう!」


 二人でせっせとノートを集めて、一つの山を作る。


「これで全部かな」


 愛華が辺りを見回しながら「よし」と確認していると、美音はまた愛華に向けて丁寧に頭を下げた。


「手伝ってくれてありがとう!助かりました!」


 感謝を述べる美音の笑顔は、やっぱりとてつもなく可愛くて、なんだかどことなく椿に似ているような気がした。


(やっぱり、付き合ってるのかな…)


 お似合いだと思ってしまった。明るくて優しくて笑顔が素敵で、愛華とは全然違う女の子。


 お礼を述べる美音に対して、「いえ、気にしないで」と返答する愛華の表情はぎこちなかった。


「あの、…」


(訊きたい。椿くんとどういう関係ですか?って。付き合ってるんですか?って。そんなこと、急に訊かれても困るよね…)


 昨日までの幸せな気持ちは、こんな些細なことで萎んでしまう。


 あんなにも温かくて優しい気持ちになれたのに。今はもう、苦しい気持ちでいっぱいだ。


(私の恋は、もしかしてもう終わりかもしれない…?)


 愛華の言葉を待つように、可愛らしく小首を傾げる美音に愛華は何も訊くことができなかった。

< 16 / 72 >

この作品をシェア

pagetop