久我くん、聞いてないんですけど?!
腹をくくった結婚
(…何ここ、どこ?)

ぼんやりと見慣れない天井を見上げて3秒。
私はガバッと身を起こした。

「目が覚めましたか?気分はどう?」

「最悪です!」

近づいてくる久我くんをジロリと睨む。

いくら体調が悪かったとは言え、一人暮らしの部屋に連れ込むとは、担当指導者として看過できない。

「ご迷惑おかけしました。もう帰る」

ソファから下りて立ち上がると、クラッとめまいがした。

「ダメだよ、まだ寝てないと」

すかさず抱き留められた自分が不甲斐ない。

「私、久我くんの担当指導者なの!歳も4歳上なの!」

「だから何?」

「だから、その…。こういうシチュエーションは良くないの!」

「どういうシチュエーション?何か変な想像してる?具合が悪くなった会社の先輩を介抱するのは、咎められることですか?」

「うぐっ」

ぐうの音も出ない。(出たけど)

「それより、おかゆ食べられますか?」

「あ、はい。お腹ペコペコです」

「良かった。今、持ってくるから」

久我くんはキッチンに向かうと、カチャカチャと食器を用意してトレーに載せて戻ってきた。

「はい。熱いから気をつけて」

「ありがとう…ございます」

小ぶりの土鍋に入った卵がゆを、レンゲで少しすくう。

ふうふう冷ましてから口に入れると、優しい味わいにホッとした。

塩気がちょうど良く、身体が欲していたのが分かる。

「ごちそうさまでした」

私はペロリと全部平らげていた。

「美味しかったです。ありがとうございました」

「どういたしまして。動けそうなら自宅まで送っていきます」

時計を見ると、20時を過ぎていた。

「いえ、あの。電車で帰りますのでお気遣いなく」

「また具合が悪くなったら困るので、車で送ります」

そう言うと久我くんは、私のバッグを手に玄関へと向かう。

ドアを開けて振り返り、私が靴を履くのを待っている。

仕方なくドアを出ると、久我くんは私を気遣うように隣に並んで歩き始めた。

(玄関はオートロックか…。それになんだか高級そうなマンションだな)

部屋も、広くはないが新しくて綺麗だった。

いや、そもそも急に人を部屋に上げられるなんて…と、私はそこに感心する。

ちょっと待ってて、今片付けてくるから、なんて玄関の前で待たされることもなかった。

あー、あれか。
合鍵渡してある彼女が、いつ訪ねてきてもいいようにってやつね。

あっ、鉢合わせしなくて良かった!
私、変な忘れ物してないよね?

片方落としたイヤリングとか。
妙に長い髪の毛とか?

大丈夫。
イヤリングは着けてないし、髪もボブだ。

香水もつけてなければ、メイクも薄い。
口紅やファンデーションを毛布につけたりもしなかっただろう。

完璧じゃーん。
って、愛人の鑑か?

そんなことを考えているうちに、地下の駐車場に連れて行かれた。

「どうぞ」

助手席のドアを開けてくれる久我くん。
この車、詳しくはないけど高級っぽい。
シートの座り心地も最高だ。

「えっと、自宅の住所は?」

カーナビを操作しながら久我くんが聞く。

ワイシャツの袖をまくった腕が、なんかかっこいい。

男の人って、車のハンドル握るとかっこよさ2割増しになるよね。

「華さん?帰りたくないの?」

いつまでも住所を言わない私を訝しんだらしい。

「か、帰ります!住所言います」

一気にまくし立てると、久我くんはピッピッと手際良く入力し、紳士的に私を自宅まで送ってくれた。

終わり(その日の出来事はね)
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